探偵と指輪

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 私はひと通り話を聞くと、鹿爪らしい顔をして頷いてみせた。  コーヒーを一口啜ると、組んでいる足をかえ、 「旦那さんは、特定の誰かに脅されていると言ってませんでしたか?」  夫人は首を振った。 「では、事件があった日、あのバーに行くとは話していましたか」と私は訊いた。 「はい、それは言ってました」 「では、誰かと一緒に行くだとか言ってませんでしたか」  夫人はまた首を振った。「いいえ」 「そうですか……」  私は背もたれに体重を預け、ソファに深く座ると、口に手を当て事件のことを考え始めた。  すると、ずっと向こうの玄関の方から、かすかに女性の悲鳴が聞こえた。それから物音も聞こえた。  私は夫人と顔を見合わせた。夫人を除きこの家にいる女性は、あのメイドだけだ。なのでメイドが悲鳴を上げたのだろう。  つまずいただけかも知れないが、嫌な予感があった。私は立ち上がりながら、ふところからリボルバーを取り出した。  夫人は体をビクリと動かし、息を呑んだ。私としても、こいつを使いたくはなかった。  二歩進んだところで、部屋の外から乱暴な足音が聞こえてきた。  私はリボルバーを腰の高さで構えると、ハンマーに指をかけた。  乱暴に扉が開いた。客人としては礼儀がなっていなかった。  そこには四人の若い男がいた。先頭にいるリーダーらしきニキビ面の男は、メイドの手を後ろに回し、拘束していた。メイドの表情は痛みで歪んでいた。泣き出さないだけ強かった。  四人の男らは、意気揚々と部屋の中に入ってきた。扉は開けたままだった。やはり礼儀がなっていなかった。  夫人はソファから立ち上がった。「なんです、あなたたちは」  ニキビ面の男はにやにやと笑い、従えている男たちも同じような薄ら笑いを浮かべていた。若者らしく、舐めきった態度だった。 「俺たちは先生のお友達だちだよ」とニキビ面の男が言った。すると私を指さし、「それよりもそこのお兄さん、そんな物騒なものは下ろしてくれねえかね。できればこちらに渡してもらいたいんだが」 「構わないが、その代わりメイドの腕を捻り上げるのはやめてもらおうか。女性の苦しんでいる姿を見るのは好みじゃない」  ニキビ面の男は仲間と顔を見合せると、素直に頷いた。 「実は俺も趣味じゃなくてねえ!」ニキビ面の男は大きな声で言った。そして落ち着いた声で、「お兄さんと同じさ、へへ……」  私は頷くと、ゆっくりとリボルバーを床に置いた。  それと同時、ニキビ面の男は捻り上げていた腕を離した。メイドは弱々しく手首をさすった。  リボルバーを連中の方へ蹴ると、ニキビ面の男はメイドの背中を押した。私たちはメイドを手に入れ、拳銃を失った。どちらが大事なのかは明白であった。  連中はリボルバーを拾おうとはしなかった。既に持っているからか、もしくは拳銃を使用する予定がないのかも知らない。  私は素直な疑問を投げかけた。「で、あんたらはなんの用だ?」 「いやあ、先生に貸した金を巻き上げに来たんだよ。賭博場で、手持ちがなくってしまったから貸してくれと言われ、貸してやったんだ。安心しろ、そこまでデカい額じゃねえよ」ニキビ面の男は笑いながらその面をポリポリと掻いた。「だが、やっこさん、約束の日にちを過ぎてやがるのに払いにこねえ。だからこうしてじぎじきに来てやったんだよ。でも、先生はご不在らしいな。そのあいだに男を連れ込んでるんですかい、奥さん? 大丈夫、別に旦那さんに言いやしないよ 」 「そいつはありがたいが、お前らは何も知らないのか?」と私は言った。  ニキビ面の男は仲間と顔を見合せ、首をかしげた。「どういう意味だ?」  今度は私と夫人が顔を見合せた。夫人はどうぞと頷いた。私は言った。 「君らが金を貸した先生は、二日前に殺されてしまったよ」  ニキビ面の男は心底びっくりしたような表情を見せた。演技ではなさそうだった。 「嘘をついてるわけじゃないだろうな」とニキビ面の男はすごみのある声で言った。 「ためにならん嘘はつかんよ」 「くそ……」  ニキビ面の男はため息をつき、頭を振った。仲間たち似たような反応を取っていた。 「じゃああんたは誰なんだよ。まさかお巡りか……」ニキビ面は緊張した顔でそう言った。 「いいや、そんないいものじゃない」 「じゃあ誰なんだよ」 「ただの探偵だよ」と私は言った。 「はん、なんだ、探偵(ねずみ)かよ。驚かせやがって」  犬にねずみ。どうやら探偵は色んな動物になれるらしい。明日はいったい何になっているだろうか。できることなら人間がいいが。  ニキビ面の男はニヤニヤしながら、 「じゃあまあ、気にせず仕事はできるみたいだな。先生から取れないのなら、奥さんからもらうだけだよ」 「別にお金くらい……」夫人はぽつりと言った。  だが私は夫人に向かって手を挙げた。「本当にこいつらから金を借りたのかは解らない。嘘をつき、稼ごうとしているのかも知れない」 「なんだとお! 銭を払わえねえつもりか!」ニキビ面を真っ赤にして男は怒鳴った。汚い面がますます見るに耐えなくなった。 「証拠になるものはなにもないだろう。借用書かなにかあるのか?」 「そいつァ……」 「やはり。怪しいもんだな、チンピラ。ゆすりにもならないゆすりだぜ?」 「てめえ、ねずみ野郎が。舐めやがって……!」  やつのプライドはいたく傷ついたらしい。拳を握り、こちらに近づいてきた。  その時、連中の後ろに執事が現れた。拳闘のように拳を顎の下に構え、鋭い目付きで連中を捉えていた。扉が開いているため、気づかれず後ろを取れたのだ。  執事と目が合うと、私は瞳を動かし合図した。執事はこくりと頷くと、扉をノックした。  ニキビ面の男は足を止め、仲間と共にびっくりして後ろを振り返った。  私は拳を握り一歩踏み出すと、大きく振りかぶりニキビの横面に左フックを入れた。  無防備に殴られたニキビ面の男は、小さな声を上げ吹き飛び、カウンターテーブルに頭をぶつけた。  ニキビ面のすぐ後ろにいた男が、驚いてこちらに向き直した。胸の前で拳を掲げようとしたが、私の右がやつの腹をえぐるほうが早かった。男は腹を押さえ体を前に折ると、顎を突き出し私の目の前にまで顔を迫らせた。目を大きく見開き、口もぽっかりと開け、顔を真っ赤にしていた。私はやつの顎を右ですくい上げると、崩れ落ちようとしているところに、左のフックを入れた。  ニキビ面の男と同様、カウンターテーブルに頭をぶつけ、倒れ込んだ。二人とも起き上がってくることはなかった。
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