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昇降口への曲がり角、出会い頭にどんとぶつけられて、俺は尻もちをつく羽目になった。
名も知らぬ彼は俺に目もくれず一目散に走り去る。
なんだってんだまったく、何か一言あってもいいだろう。何から逃げてんだよ。
部活は雨で中止、ああそう、雨だ。朝はからっ晴れに晴れていたじゃないか。想定外の事態に俺はどうしたものかと思いながら校内サンダルから靴に履き替え、出口の前に立つ。
どんより曇った空の下、歌舞伎の蜘蛛糸のようにはっきりと白い軌跡が見えるほど大粒の雨がコンクリートを叩いては辺りに飛沫をまきあげ、バシャバシャと派手な音を立てている。
まいったなぁ、こりゃ突っ走って行くにしたって酷ってもんだ。
教室で見た時はもう少し小降りだった気がするけど、どうやら本気になりやがった。
少し待つか。そう思った俺はちょっと恨めしげに空を見上げた後、その流れで意味もなく周りを見回した。降りが酷くなる事を皆知っていてとっとと帰ったのか意外なほど辺りに人気はない。
と、昇降口内の隅っこの方、少子化の影響で生徒が減った為なのか、今は使っていない区画の靴箱の陰に知った奴を見つけた。
何してんだあいつと思った時、向こうも俺を見つけ親しげな笑顔を作って近づいてきた。なんか神妙な顔に見えたけど気のせいか。
「よ!」
「おう。」
彼女と片手を上げていつも通りの挨拶をする。
「今帰り?」
「おう、お前も?」
「まぁね。あ、その顔、あんた傘忘れたんでしょう?」
口に手を添え、にししと笑いながら斜め上目づかいで可笑しそうに覗きこんでくる。
「っせぇな。忙しくて天気予報見て無かったんだよ。」
「寝坊したなさては。」
返す言葉もない。
すると相手はふーんと澄ました顔で俺の前に出ると16本骨のビニール傘をついと構え、ちらりとこちらを見た。
くそ、行っちまえ!
俺はわざとらしく下唇を噛んでしかめ面した後、ぷいッとそっぽを向いた。
「じゃ、お先。」
彼女が傘を開くと透明なビニール生地にプリントされた桜の花びらが舞うかのように広がり、灰色の世界がそこだけ少し華やいだ。
そんなプライベート空間を作ってそいつは騒がしい降りの中に一歩踏み出す。
何か取り残された様でちょっと気分が悪い。
俺が相手の背を見ていると、彼女は一歩踏み出しただけのその場でちょっと止まっていた後、顔だけ振り返った。
「入ってく?」
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