相合傘

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 さぞ間抜けな顔をしていたんだろう。隣で彼女がくすくす笑っている。 「何その一人コント。」 「うっせぇ!俺は一人立ちさせてもらうぜ!世話になったな!」  土砂降りで使うには心もとない傘ではあるが、二人で一つの傘を使うよりはましだろう。  ばさばさと広げて短い柄を持つ。 「安心しろ、ナポリタンパンは明日届けてやる。」  8本骨の小さな黒い傘を灰色の空に掲げ、桜舞う空間からその中に入る。 すると次の瞬間、とんでもない馬鹿が現れた。 「よっと!」 「よっと!じゃねぇ!なんだお前は!」  彼女は俺の傘の中で自分の傘をたたみ、露を払っていた。 「何のつもりだよ。お前傘あるだろ。」 「いいじゃんいいじゃん、貸し借り無しにしたいのよ。あんたもその方が助かるでしょ?」  なんちゅう奴だ。 「お前な、折り畳み傘の小ささなめんなよ?」 「じゃぁくっつけばいいじゃん!」  言うなりやたらくっついてくる。 「おっ前、めちゃくちゃだな!」 「あたしの肩が濡れないようにガードしてね。」 「急に女の子顔するんじゃねぇ!そんなくっつくなよ!って…風邪引かせるわけにもいかねぇし…ホントなんなんだよ!」 「いいじゃんいいじゃん。」  猫みたいにすり寄ってきやがって。だからそのいい匂いがちょっと調子狂うんだよ!  俺達はおぼつかない足取りで大雨の中を歩いた。 こんな小さな傘では一人だったとしても濡れない訳ないのにこいつのおかしな行動で結局二人ともそこそこ濡れる羽目になる。  彼女はそれが可笑しいみたいに不自然にはしゃいで笑っていたけどなんだか空々しく感じた。 「もっとこっち寄らないとほら肩濡れてるじゃん!」 「うっせぇ!自分の傘使えバカ店子。」 「ナポリタンパンと謹製プリン買わないで済むようにしてやっているんでしょう?ありがたく思いなさい。」 「一個増えてんじゃねぇか!」  そんな下らない話をしている時にそれが目に入ってきた。  灰色の世界の中で俺の目を引く存在。  本屋の軒先でやや困った表情で空を見上げている少女。 長い睫毛が印象的な上品な顔立ちと物腰柔らかなすらりとした体型、副委員長だ…。  俺が急に黙ったのに気づいてくっついたままだったこいつもそちらを見たようだった。  そして彼女が足を止めたものだからつんのめって俺もそうなった。 「なんだよ危ない。」 「あのさ…」  彼女はあちこち視線を泳がせた後、どこか泣き顔みたいに見える笑顔を作って言った。 「なんつーかさ、あれだ、チャンスじゃん…。」 「は?」  相手は変ににっこりしながら噛みしめるように言う。 「入れてあげなよ。困ってるみたいじゃん。」  3人も入るわけがない。 「何言って…」 「この傘ならくっつけるよ。上手くやれば?」  何をいきなりこいつは言いだしているんだ? 「行きなよ。」 「は?」 「行けって!」  そう言って彼女は両手を突っ張って俺を突き飛ばした。 よろよろとよろめいて水たまりに片足を突っ込んだ俺は靴の中に不快極まりない感覚を味わいながら相手を見つめた。  蜘蛛の糸の様な軌跡を描く土砂降りの中で彼女は突っ立っていた。 髪を顔に張り付けて、夏服を透けさせて、表情が分からない位雨に打たれて立っていた。 「お前…」  彼女は手提げかばんからハンドタオルを取り出したが、その時一緒に別の物が飛びだした。  アスファルトに張った水面に落ちた水色のそれはたちまち濡れ、色が青く変わる。その封筒を彼女は乱暴に拾って隠すように再び手提げかばんに突っ込んだ。 「お前…今日なんだかおかしいぞ?」  前髪が張り付いた彼女の目の表情は見えなかったけれど、口元は笑っていた。 「うん、あたしもなにがなんだかよくわからないや。」  軒下で困っている副委員長と、傘を持っているのになぜかずぶ濡れで居るこいつを前に、俺はどうしたらいいのか分からずにいた。
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