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【アセスメント】全力で俺様を信じろ!
「それは本当に怖い思いをしましたね。おそらく今も相当怖いでしょうに、おじーさまの言いつけどおりにしてくださって、本当にありがとうございます」
そう言って、私の長い話を聞き終えたお孫さんは小さく頭を下げた。
見れば見るほどきれいな男の人だと思う。しゃんと伸びた背でしなやかに歩く姿もとても優雅だ。
育ちがいいのだろう。きっと神主のおじいさんに大切に育てられてきたにちがいない。
「それにしても、なんだか腑に落ちませんね」
お孫さんは顎に手を添えて、うーんと首をひねった。
「腑に落ちない?」
「ええ。北野さんを執拗に狙う理由がわからないんです。言い方が悪くなってしまいますが、通りすがりにいい女を見かけて襲っただけなら、自転車はそのまま放置しておけばいいんですよ。それをわざわざ家まで届けて、恐怖を植えつけている。失礼ですが、誰かに恨まれている心当たりありますか?」
お孫さんからの質問に私は首を傾げた。恨まれるようなことをしたというならば、ひとつだけ心当たりがないわけではない。
だけど、あんなことくらいで恨まれてしまうのだろうか。
「バイト先の店長に先日、遊びに行こうって誘われたんです。ちょっと強引な誘われ方だったのでお断りしたんですが」
「強引な誘われ方?」
「その……遊びに行こうって突然、抱きしめられたんです。やめてくださいって押し返したんですけど……それくらいしか思い当たることなくて」
「誘われたのを断ったのはいつです?」
「追いかけ回された日の前日です。二日続けて襲われるなんて思っていませんでしたし」
「その店長さんは独身の方ですか?」
「いいえ。奥さんもお子さんもいらっしゃると思います。年はその……46だったかなあ? 喫茶店でバイトしているんですけど、そこのお店の女の子たちはみんなかわいい子ばかりで。店長に口説かれるのが怖くなって辞めていく子が後を絶たないって聞いてます。この間までは本当に一度も口説かれたことなんてなかったんですけど、なんだか店長のことが怖くなっちゃって。まともに顔も見れなくて」
「なるほど」
お孫さんが「ふむ」っと首を縦に振った。
「北野さん。店長さんの見た目の特徴はどんなかんじなんですか?」
「身長は久能さんよりもちょっと低いと思いますが、すごく太ってます。お腹もこう、ポッコリ出ていて。たぬきの置物みたいに。髪は少し長めでしょうか。もっさりしているかんじです」
「そうですか」
お孫さんがコクコクとすばやくうなずいた。
すると前をとてとてと早足で歩いていた白猫が不意に足をとめた。ゆっくりとこちらを振り返ってお孫さんの顔を見上げる。
「ええ。そうなんですね」
お孫さんの声に応えるみたいに、白猫がゆっくりとまばたきをする。それを見たお孫さんが「北野さん」と私を呼んだ。
「はい」
お孫さんの顔を見る。すると彼は「黒幕は店長さんではないかもしれません」と告げた。
「えっ? 店長じゃないんですか?」
「白夜さんの話だと、北野さんが襲われた時間、店長さんのような容姿をした男の人は見かけなかったようなので」
「えっと、ちょっと待ってください。さっきからずっと気になっていたんですけど、久能さんは本気でその猫ちゃんとお話をしているんですか?」
最初に言葉を交わしたときから気になっていた。飼い主なら当然、会話はするだろう。
だけどそれは会話ではなく問いかけである。実際には猫のしぐさや鳴き声から気持ちを察する程度だ。会話がきちんと成立することはありえない。
「まあ、普通なら信じられないですよね。私だって、あの家に生まれていなかったら、こんな特殊な力は得られなかったと思います」
「本当に……話せるんだ」
ほおっとため息を吐いて白猫を見る。口をへの字にして、三角にとがった目で私のことを見ている。
「信じる、信じないはお任せします」
「ごめんなさい。信じます。神守坂神社の神様に誓って、もう疑いません」
「だそうですよ、白夜さん」
くすくすと小さな笑い声をこぼして、お孫さんが白猫に会話を振る。猫はフンっとそっぽを向いた。
「では、北野さん。へそを曲げた主人の言葉をお伝えしますね」
お孫さんがコホンッとひとつ咳払いした。背筋を伸ばして彼の目を見ると、「ああ」と困ったように笑った。
「申し訳ありませんが、白夜さんのほうを見てもらえます? あくまでも私は伝えるだけの役割なので」
「あっ、はい。すみません」
あわてて白猫へと体を向ける。ギロッと睨まれた。さっきよりもさらに不機嫌になっている。
「北野あかり。おまえを全力で守ってやる」
「は、い」
「信じてねえのか、と申しておりますが」
「いえいえいえ、そうじゃなくて。なんか、すごい男前なセリフを言われたなって思って。そういうの、言われたことないんで」
「そうでしたか」
うんうんとにこやかにうなずいて、お孫さんは「ではあらためて」と続けた。
「明日は普通にバイトに行け。ただし、自転車は置いていくこと」
「あの……歩いて行けってことですか? 歩くとなると三十分以上かかるんですけど」
「とにかく言われたようにしろ。絶対に大丈夫だから、俺様を信じて歩け……だそうです」
「……はい」
明日のバイトに歩いて行くなんて。本当なら休みたい。ううん、このまま辞めるつもりだったのに――
「あの、北野さん。もうひとつ」
私が思わず漏らしたため息を聞いた後で、申し訳なさそうにお孫さんが声をかけてきた。
「女を守るのが男の務めだから。全力で俺様を信じろ……とのことです」
顔を真っ赤にしながら、お孫さんがハッキリとした口調で言いきった。
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