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お風呂から上がり、真っ直ぐに絹枝の部屋に向かう。
「おばあちゃん、今、いい?もう寝ちゃう?」
障子の前…廊下で声をかけた。
「いいよ?どうぞ。」
返事が聞こえて、障子を開けて部屋に入った。
障子を閉めて、その前に座った。
絹枝は既に布団を敷き、その上に座っていた。
「あのね?聞きにくいのだけど…。」
「なにかしら?」
「今日ね、古本屋に行ったの。一ノ瀬さんていう店主さんと、二方さんていう九官鳥のいる…。」
話しがしにくいと思いながら、そこまで話して悩み出した。
それを見て少し微笑んで、絹枝は答えた。
「まほろば…だね? 見たのかな?おばあちゃんの本。」
「うん…ごめんなさい。」
思わずこのはは謝った。
「謝る事はないよ?あの部屋に入った人はどの本も好きに見ていいのだし…そのつもりで売ったのだからね?」
「売った……の?二枚の写真を?」
不思議そうにこのはは聞いた。
「うん。取り敢えずはあれだけ。これから歳を取っていき、記憶が曖昧になるようなら、全てを忘れてしまう前に、本にしてほしいと考えているの。」
「何で、写真?幾らで買ってくれたの?」
「そこはね?秘密何だよ。店主と結ばれた契約は他者には話さない。
ただね、お金で売った訳ではないよ?あのお店に私の逢いたい人が来たら、本を手に取ってくれたら……。
一枚は、私は幸せですよという報告の写真。
もう一枚は、あなたを待っていました…というメッセージだよ。
死ぬ前に届いたら良いなぁと、思ってね。」
「軍服の人に、メッセージ?」
「死ぬ前に会っておきたい人、伝えておきたい言葉、あるでしょう?
その気持ちを込めたんだよ。」
絹枝は、遠い目で哀しそうに話した。
「おばあちゃんは、いつからあの店に?」
「病院に行く方向にあるんだよ?途中下車。
病院で良く合う人が教えてくれてね。変わった古本屋があるって。
このはは好きかと思って、見に行ったけど、自分が依頼をしてしまったね。
あの本が完成する日は、おばあちゃんが死ぬ日だよ。
ゆっくり、読みに行ってね?このはが読んでくれたら、おばあちゃんも嬉しい。」
「病院のお友達……。その人も本を作ったの?」
「うん……。ひと月前にお亡くなりになったよ。」
「名前……聞いても?」
「進藤 敦恵(しんどう あつえ) さんだよ。まだ若かったのにねぇ。
せっかく、仲良くなったのにねぇ。」
絹枝がすんなりとその名前を教えてくれた事が、意外だった。
当然のように次の日、まほろばのあの重い扉をこのはは開けた。
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