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お互いの子供の頃の話をして、盛り上がった後、まほろばの話をした。 「ん…ゲホッ!………バイト?何でそんな話になったのよ?」 昨日のバイトの話をすると、早苗は飲んでいたアイスコーヒーに、咽せた。 「私が聞きたい…。何で急にバイトの話が出たのか?画集が欲しいからって、本が読みたい放題だからといえ、何故引き受けた?ねぇ?何で?」 「いや……そこ私に聞かれても…ねぇ?」 困った顔で、早苗はストローでコーヒーを飲む。 「で?おばあちゃんの本は?何か分かった?」 「まだ…。おばあちゃんも何もなかった顔してるし、あの本にも変化なし。」 「でも、おばあちゃんは誰かに見せたいのよね?」 「うん。忘れてしまう前に……誰に会いたいんだろう?」 「う〜ん………。私たちが唸ってても分かんないわよね?」 早苗が、このはに言った時、後ろのドアが開いて、声がした。 「歳をとれば、会いたい人の一人や二人、それはいて当たり前ね?」 「あ、このは、おばあちゃん。おばあちゃん、こちら藍田このはさん。 高校のお友達。」 二人に同時に紹介して、おばあちゃんの所に行く。 このはは、ソファから立ち上がりお辞儀をした。 早苗は手を貸しながら、おばあさんをソファに座らせて自分も隣に座った。 それを見てから、このはもソファに腰掛けた。 杖を突いていて、足が悪い様に見えた。 「あの本屋はね?古くからあそこにあって、年寄りには有名なのよ? 近所の人にも憩いの場みたいになってて、宣伝なんかしてないからね? 口コミで広がっているみたい。古いから、入口が分かりにくいし、店内は薄暗いし、若い母親は子供に行かない様に言う人もいるみたいだけどね?」 「確かに少し怖い雰囲気はあるね。」 笑いながら早苗は同意した。 「おばあ様は、誰かからお聞きに?それとも前からご存知で?」 「友人からよ?古いお友達。女学校時代のね。 再開して、お茶をして、その時に聞いたの。」 「ご友人…その方は、お近くにお住まいですか?」 「いいえ。遠くだったわ。ほら、大きな病院があるでしょ?海の側、北見総合病院、そこでね再会したの。いやね?歳を取るとそんな所で会うのねぇ。 進行癌でね、大きな病院を紹介されたって。ひと月前に……。 もっと早く会いたかった。それでも最後は見れたからね。 せめて他の友人にも知らせたいと思って、あの本を書いたの。 まぁ、書いたと言っても、話をしただけで、実際書いたのはあの店の方なんだけど…。」 このはは何処かで聞いた様な話だと思いながら、おばあさんの話を聞いていた。 「まだ…お若いですよね。」 こういう時、何といえば哀しみが伝わるのか…悩みながらそれだけを呟いた。 「私達は戦後すぐの生まれなの。75歳。若いのかどうかは分からないけど、もう、いつお呼びがかかってもいい歳ね?」 「うちの祖母は戦争が終わった時七つだったと聞きました。 病院にも通ってますし、大した事はないですけど…。聞ける話は聞いておきたいと思いますね。なかなか、話してはくれないのですけど…。」 「そう、大変な経験をされたのでしょうね。場所によって、人によって、それぞれさまざま……。地獄を見たり、地獄の中に光を見たり…。 ただ、どうにも出来ずに流されて、大変であった事に変わりはないのよね。」 ふぅ…とため息を吐いて、おばあさんは庭に目を向けた。 その目が祖母の目と重なる。 このはは、思い出して声を上げた。 「あの!……すみません。不躾ですが、もしかして、亡くなられたお友達は、 進藤 敦恵さんと言いませんか?」 「このは?どうしたの?」 早苗の言葉を封じたのは、おばあさんの返事だった。 「そう……そうよ?進藤敦恵。どうしてその名前をあなたがご存知なの?」 「祖母が…藍田 絹枝と言いますが、病院で仲良くなった方から、まほろばの事を聞いたと。ひと月前に亡くなられたと…寂しそうに話していたので…。」 「そう…。世の中…狭いのね?でも、病院でお友達もできて、きっと楽しかったはずね。こんな優しい子のおばあさんなら、いい方ね。 敦恵は、幸せだったのね…。」 少し涙目で、おばあさんは庭を見続けた。 このはと早苗は顔を見合わせて、驚きを隠せずにいた。
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