まほろば

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8月に入り、仕事も少しずつ慣れて来て、一ノ瀬や二方とも話がしやすくなっていた。 今なら色々、話が聞けるかも…と思い始めた。 一ノ瀬が時々、仕入れと言い、店を開ける時間がある。 その時間は一ノ瀬の昼休憩も兼ねて、午後一時過ぎから3時頃までが多い。 カウンターの中で店番をしながら本を読むが、その日は常連さんに呼ばれた。 常連の女性は三人で、いつも和室に上がりお茶を飲んでいた。 昼食を家で食べ終えてから来るので、1時過ぎから2時の間に来る事が多く、帰りは特に決まってはいなく、一人が早く帰ると言うと、全員が一緒に帰る。早い時は来て1時間、長い時は5時位までいる事もあった。 「このはちゃん、お湯がなくなっちゃった。」 「はーい。今、行きます。二方さん、しばらくお願いしてもいいですか?」 九官鳥の二方を真剣に見て頼む。 何とも不思議な光景だ。 「ハヤクモドレ。」 「はい!」 ポットを回収して、台所へ行き、また和室へ戻す。 「どうぞ、お待たせしました。ごゆっくり。」 手を引っ張られる。 「おわっ……。」 そのまま尻餅を着いた。 「少し話相手になって行きなさい。疲れるでしょ?店番。」 「そうだよ。ニカちゃんいるし、ここからでも店の中は見えるし、カウンターの前にお客が来たら行けばいいよ。」 「はぁ……。でも、私はそんなに面白い話はないですよ?」 「いいのよ。若い子と話したいだけだから。」 「じゃあ…。皆さんはいつからここに?」 「そろそろ五年?うちのが定年の頃かな。」 「そうだね。前の店主が旅行に行くと出た時からかな?」 「そうね?一ノ瀬とニカちゃんをよろしくって言われて、時々様子を見に来てて、そのうち午後はここで話す様になったねー。」 豪快に笑いながら、三人の常連さんは言った。 「前の店主さんは一ノ瀬さんのお父さんですか?」 「ううん、前の店主は独り身でね。身寄りはいなかったと思うよ?」 「うん、自由人でね?いっちーはね、拾ったとか言ってたけど、冗談で。 後で遠縁の子を引き取ったって聞いたよ?」 「じゃあ、最初からここに住んでたわけじゃないんですね?」 「そうだよ。10年くらいになるかね?今のこのはちゃんみたいに、夏休みに学生服でお手伝いしてたよ。かわいかったのにねぇ?」 「ほんと、そろそろおじさんじゃないか?」 (店主の遠縁の子か……。) 「言いたい放題ですね?あまり変な事をうちのバイトに言わないで下さいよ? 辞められたら忙しくなるんですからね。」 いつの間にか、帰って来た一ノ瀬が、和室の上り口で常連に笑顔で返す。 このはの手を取り、 「通常業務に戻って下さい。」 と笑顔で言うが、少し表情が強張っている気がこのははしていた。
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