夏の出逢い

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8月に入り5日。 無事に仕事を終えて、挨拶をして、奥の部屋に向かった。 埃を取り、床を掃き、暫く続きの本を手に取る。 仕事終わりは5時で、30分ずつ読み進めてだいぶ進んで来た。 この部屋の本は、本当にプライベートな物が多い。 内容は大体が自伝だ。 時々、著者の趣味の話であったり、ちょっと怖い悪口が書いてある物があったりするが、八割は自伝だった。 様々な人生がこの部屋にあるんだなぁと思うと、感慨深いものがある。 30分が経ち、本を棚に戻して祖母の棚に移動する。 ……カタン、と音がして、棚に並べられていた本を見ていた目を、前に向けた。 足が、停止した。 そこにはあの、学生と思われる男の子が立っていた。 本を手に熱心に読んでいる。 そしてゆっくりと顔を上げ、このはの方に顔を向けた。 (ど、どうしよう……。走る!走れ!足!動け!) このはの足は、縫い付けられた様に動く事が出来なかった。 がくがくと膝が笑い、身体が震えた。 こんな間近で見た事はない…間近どころか、見た事さえない。 霊感などというものには、ご縁がない。 男の子は黙ってこのはを見ていた。 声さえも……出せずにいた。 どれ位の時間だったか…二人は見つめ合ったままだった。 彼は……一瞬、とても優しい目をして少し微笑んだ様に見えた。 次の瞬間、すっーと、消えていった。 彼が持っていた本が、ドサッという音を立てて落ちた。 それと同時に、このはもその場にへなへなと座り込んだ。 呆然と、落ちている本を見ていた。 どの位、そうして放心していたか…。 「どうされました?」 背後から一ノ瀬に声を掛けられて、身体がビクッと動いた。 振り返り、やっと声を出した。 「いま…そこに、幽霊が、いました。」 「そうですか。何かされましたか?何処か痛いですか?」 一ノ瀬に冷静に聞かれると、このはの頭も冷えて来た。 (何もされていないし、むしろ、笑っていた様な?) 考え込み、返事をした。 「何も…。本が落ちてしまいました。私が……逆に邪魔をしてしまったのでしょうか?」 一ノ瀬に手を差し出されて、お礼を言い、手を取り立ち上がる。 「気にする事はありません。続きが読みたいならまた来ればいいのです。」 普通のお客様の様に言う一ノ瀬に、このははくすりと笑う。 数歩先に歩き、落とされた本を手に取った。 どきり、とした。 藍田 絹枝……そう書かれている本だったから…。 「あの、これ……。」 「お祖母様の本ですね?面白かったのですかね?」 そう言うと、一ノ瀬は部屋から出て行く。 「面白い?写真二枚の本が?」 パラパラとめくる。 写真二枚、内容も変わらない。 何か引っかかる、何かを忘れている、そんな妙な気分でこの日は帰宅した。
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