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次の日は30分早めにバイトに出掛けた。
挨拶をして、掃除を先に済ませて、余った時間で戦争記録の棚に向かい、絹枝の言う、小さな船を探した。
「海図?ピンポイントに海図って本はないわねぇ…。」
戦時記録、零戦、歴史…ため息を吐いた。
「海図ですか?ありますよ?今は船の免許を取るのに勉強する方もいますし…。」
後ろから一ノ瀬が顔を出し、驚いて棚を背に振り返った。
「い、いきなり足音もなく来ないで下さい。驚きました。」
このはが言うと、小さく謝る。
そして、何事もなかったかの様に話を続ける。
「海図に興味が?」
「いえ…祖母が、戦時中の海図とか、船の本を借りて来て欲しいと言ったので…仕事中ではいけませんし、帰りは時間が掛かってしまうと思ったので……。すみません、朝、早く。」
「船の一覧図鑑の様なものはありますよ。上の方ですから、昼の休憩時間までにいくつか取ってあげましょう。」
「え?場所を教えて頂ければ……自分で…。」
恐縮して、遠慮する。
「良いんですよ?借りて頂くならお客様ですから。ですが…当時の海図というのは貴重ですからねぇ。隠密行動の多い船で航路は秘密がほとんどです。
そういう記録をしている所なんかには保管されていたりしますが、ここには……。」
「ですよね?戦時中の船の航路が分かったら、それかなりですよね。海図だけでもと、思ったのですけど…。」
当然、それは絹枝も予想はしているだろうと、このはも思っていた。
だからがっかりはしなかった。
「特別にお見せしましょう。」
一ノ瀬が微笑んだ。
「は?」
停止して、茫然とするこのはの手を引いて、一ノ瀬は休憩部屋にこのはを連れて行き、座らせた。
その部屋の本棚から、何冊かの本とファイルを出し、ちゃぶ台に載せた。
「これは当時の海図です。 古い物ですから手袋をお願いします。
このファイルには当時のわかる限りの船の名前が書いてあります。
生き残った方から聴き取ったものです。
どれも貴重品です。貸し出しは出来ませんが、書き写す事は許可しますよ。」
「書き写す……。」
大量の資料を前に目眩がした。
ため息を吐き、手袋をし、海図を開いた。
貴重品とよく分かる。
年代物の黄ばんだ紙、古い字。
また、ため息が出る。
こんな細かい物を写せるのか…どの位時間がかかるのか?
(大きな紙を用意しよう…。)
そんな風に考えていたら、バサバサと二方が飛んで来て、もはや当たり前の様に左肩に止まった。
「二方さん、今はやめて頂いて良いですか?これ、貴重品です。」
肩に止まる二方に素っ気なく言う。
目は地図に釘付けだからだ。
「コムスメ!イイタイドダナ……。コピースレバイインジャナイカ…。」
「コピー。二方さん、ダメですよ、持ち出し禁止です。
コンビニまで15分は歩きますし。それに傷むんじゃないですか?」
「イチノセ、イジワルしてる。コピーアル。」
「えっ?」
思わず、台所にいた一ノ瀬の方を見る。
「あれ?言いませんでした?店の端にありますよ?和室の上り口の奥です。
掃除してて気付きませんでした?」
意地悪な顔で一ノ瀬が笑った。
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