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あの少女はいったい誰だったのでしょうか。異国の少女が深夜に海へ浸かり歌を歌うことなど有り得るのでしょうか。人魚だったのでしょうか、またはセイレーンか、その他海や水の精霊だったとでも言うのでしょうか。伽話のようなにわかに信じ難いことではありますが、ぼくがこの目で本当に見た光景は先程書き記した通りです。 次の日、ついに今日であの美しき日から100日が経ちました。これまで毎夜通い続けているのですが、あの日以来少女の姿を見たことは一度もありません。小さな桜貝の殻が99個集まっただけです。この桜貝の殻が100個集まったら、あの日から100日を経てもまた姿を見られないのであればもう終わりにしよう、と、そう決めていました。その100日目がついに来てしまったのです。あの日見た美しい光景は、あの日聴いた美しい歌声は、ぼくの夢かまたは幻だったのでしょうか。まさか、ぼくははっきりとこの眼と耳であの瑠璃のような美しい少女を感じたのですから。 深夜0時。これまでの99日と同じようにまた浜辺へと向かいます。そして今日は満月です。まるであの日のような美しい日になって欲しいと心の底からそう願いました。もう一度、もう一度でいいからあの光景が見たい、あの歌声が聴きたい。そうでなければぼくは彼女のことで頭がいっぱいになりどうにかなってしまいそうでした。 浜辺に着き、桜貝の殻を1つ拾います。目を瞑り貝殻を握りしめ、神様へ強く願いました。どうか、どうかあの美しい少女にもう一度逢わせてください、と。目を開き靴を脱いだ素足をぽしゃりと海の水へと浸します。息をつき意を決して顔を上げようとした時、遠くからあの鈴の音のような声で 「待って。」 と呟くのが聞こえました。 「そのまま顔を上げないで。」 ぼくはその声に従い俯いていました。すると、そよ風が耳を掠めたような柔い小さな息を吸う音が聞こえた後、 「天使がつついた小さな波 風が木々を揺らすように 波もゆるりと広がるの あの子が逃がした鳥はどこ あの子が拾った星はどこ 全部 全部 海の底 わたしの大事なたからもの 天使が触れた小さな玻璃 砂が流れてゆくように 波もしずかに広がるの あの子が掴んだ鉱石(いし)はどこ あの子が捨てた翅(はね)はどこ 全部 わたしの 海の底 わたしのわたしのたからもの」 あの美しき日に聴いた歌に違いありませんでした。 「顔、上げていいよ。」 そう言われて直ぐに顔を上げ、あの恋焦がれた美しい光景を探しました。
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