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悪役令嬢は練りゴムが作りたかった
さて、今私の目の前の机の上には新品の消しゴムがある。うん、弾力はあるがあまり柔らかくは無いし引っ張っても伸びない。というかちぎれた。
私はこの消しゴムから練りゴムを作りたい。多分練り消しを作る要領で作れるはずなんだ。しかし消しカスから生まれた練り消しの修正能力は期待できない。だから私は新品未使用の消しゴムを細かく刻んで練ることにした。
雑貨屋の配達は午後に届くとのこと。できればイーゼルが届く前、いや、昼食の前には一つ作り終えたいところだ。
私は無駄に装飾の多いナイフで消しゴムを刻んでいく。ナイフの装飾のせいか私が不器用なのかはわからないが、これがまた時間がかかる作業だった。
「お嬢様、一度休憩されるのはいかがでしょう」
ノックもなしに急に入ってきたハンナに私は驚いて椅子から落ちそうになった。
ハンナ曰く何度ノックして呼びかけても返事がなく、心配になって思いっ切り扉を開けたとのこと。私、そんなに消しゴムのみじん切りに夢中になっていたのか。
ハンナの言う通り一旦休憩しよう。
私は机からテーブルの方へ移動するとハンナが紅茶を淹れる様子を眺める。
ガラスのティーポットには水が入っていて、ハンナはティーポットを両手で包み込むように持つ。するとティーポットの注ぎ口から湯気が出てくる。ご覧いただけただろうか、これが魔術である。それからハンナはその中に直接茶葉をスプーン3杯分投下。ティーポットがじわりじわりと琥珀色に染まっていく。
私はハンナが淹れてくれた紅茶にホッと一息つき、お茶受けのクッキーを頬張った。
大きめに砕かれ練り込まれたくるみがとても美味しい。
「ハンナ、昼食まではあとどれくらい?」
「およそ一時間ほどでございます」
私が帰って来たのは10時頃。昼食はいつも12時半に食べる。つまり私はこの小さな消しゴムと一時間半も格闘していたということだ。おそらくイーゼルは昼食後すぐ届く。なんとしてでも昼食前には完成させねばならない。
私は机の引き出しからペーパーウェイトを取り出すと、今刻み終えている分の消しゴムをすり潰していく。ペーパーウェイトの重みのおかげであまり力を入れずに練ることができた。
しかし、刻んだ消しゴムは棒状の練り消しのようにはなるものの、まとまりがよくない。無理に丸めようとするとぼそぼそに分裂してしまう。
根気強く練ってもまとまる気配は全くない。
そうこうしているうちに昼食の時間が来てしまった。無念。
昼食はカッテージチーズとトマトとレタスのサラダにウサギ肉のクリームシチュー、焼きたてのパンといった、上位貴族にしては質素なものだった。それはうちが毎日のようにお茶会を開いていて、ケーキやクッキーを食べても太らないようにとお母様が心配してのことだった。おかげで彼女は子供を3人産んだ今でもナイスボディだ。
私がパンをもそもそと食べるとなんだかいつものパンと違った風味な気がした。いつもよりあっさりめというかなんというか。気になったので一つ部屋まで持って帰ることにした。
昼食を食べ、部屋に戻るとカルトンとイーゼルが届いていた。
カルトンとイーゼルは淡い青の包装に銀色のリボンが飾られた可愛らしいギフトラッピングが施されていた。さすがヒロイン御用達。
早速開けてみるとカルトンとイーゼルの他に小さな小包が入っていた。小包の中には綺麗な彫刻に青い石が映える白い木製の筆入れとメッセージカードが入っていた。
“よろしければ鉛筆入れにお使いください ダグラス=アイリス”
店主イケメンかよ。さりげない気遣いがイケメンすぎる。惚れるわ。そしてダグラス=アイリスさんって名前か。アイリスの雑貨屋って本名だったのね…
私はイーゼルとカルトンをセッティングし、画用紙をクリップで留めた。
さて、ここで練りゴムのことが思い出されるのだが、私は策を講じていたのだよ。私は先程はもらって来た昼食のパンを半分にちぎるとふわふわした中身をくり抜いた。鉛筆を削り、ドレッサーから手鏡を出し、机に本を積み重ねて手鏡を立てかけ、準備万端。
「さて、始めますか」
簡単に手配できて描くのに楽しいものといったら人物画、自画像だ。
鏡を覗き込むと改めてエルヴェラールは美少女だと思った。前世でいう西洋人顔だしデッサン映えする。
まずは2Bでざっくりアタリをとり、正中線を引く。顔のパーツがある場所に薄く印をつけておく。光源を決めて大まかな影を鉛筆を寝かせて薄く描く。
「ここまでは良いんだけどなあ」
この作業までは比較的簡単にできる。きっと前世でよく人物画を描いていたのだろう。しかし私は今絵など描いたことのない7歳児だ。普通なら頭足人を描いているような年齢だ。うまく描けるだろうか。いや、楽しければ下手でも良いや。
エルヴェラールは銀髪で色白だから一番色が濃くなるところは目と目の影もしくは顎の下だ。今回は初めてだし、全体のバランスを取るために顎の下を一番濃い色にすることにした。
私は顎の下に濃いめに黒をおいた。次に鼻の下に黒をおき、額とアイホールの間の影を形をしっかりとりながら描く。上唇の影と下唇の影に黒をおくとだんだんと人間の顔らしいものが浮き上がって来た。頬の形を出す前に自分の頬をむにむにと触ってみる。柔らかく、女の子らしい丸みがある。頬骨や筋肉の形もしっかり描き込もうかと思ったがエルヴェラールはつり目気味ゆえに、やりすぎると女傑らしくなりそうなのでやめた。
銀髪は全体に薄く色をおいてから黒を入れてハイライトを消しゴムか練りゴムで抜いたほうがよさそうだ。
私はパンの中身をこねると髪のハイライトに当たる部分を少し消してみた。
「パンすごすぎかよ」
今日の昼食のパンは見習いが焼いたようでバターの量が少なかったのだ。そのおかげで練りゴムの代用ができたのだ。
私は未来の料理人に感謝しつつ、描いては色を抜き、描いては色を抜きを繰り返した。
次にハンナが私を呼びに入ったのはお父様がお呼び、とのことで私が自画像を描き始めてから4時間くらい経ってからだった。
その時にはほとんど描き終えていて細かい調整をしていた。
お父様の執務室に行くと、要件は私宛にお茶会の招待状が届いたというものだった。
招待主はレオン=カイル=ローゼンシュヴァリエ。お父様曰く、婚約者候補やお友達候補に目星をつけるためのお茶会で同年代の貴族の少年少女が招待されるものだという。ゲームではきっとこの時に婚約者候補に選ばれたのだろう。おそらく他に攻略対象たちも出席する。目立たないように隠密しながら敵の観察をするにはもってこいの場かもしれない。
私は日取りを聞くと退出し、部屋に戻ろうとすると、部屋の前に人だかりができていた。
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