悪役令嬢は推しと遭遇する

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悪役令嬢は推しと遭遇する

「来てしまった…」 お茶会までの一週間は本当にあっという間だった。 お茶会まで暇だと思っていたのに姿勢やらマナーやらの怒涛の叩き込みだった。 子供しかいないお茶会にそこまで求めなくても良いと思った。切に思った。 実際、お茶会に来ている子供たちは好き放題である。男子は喜び庭駆け回り、女子は集まり丸くなる。 かく言う私はお菓子の盛られたテーブルのところに来ている。 チョコレートケーキやショートケーキ、タルトレット、アップルパイなどがホールで用意されている。クッキーなんて焼きたてだ。フルーツタルトレットも苺だけのものや桃だけのものといった、一種類だけのタルトレットだけでなく、キウイと桃と苺や苺とブルーベリーのタルトレットと、数種類のフルーツが乗ったものなど、種類が豊富だった。それは他のケーキも然りである。 私はまず苺のタルトレットとブルーベリーパイとクッキーを皿に取り、空いているテーブルを陣取った。テーブルに着くと給仕の人が紅茶を淹れてくれた。タイミングが完璧である。さすが王家のメイドさん。 まずは苺のタルトレット。苺の甘酸っぱさにほんのり卵の味がするプリンがよく合っている。ただの苺のタルトレットだと思ったら苺の下にプリン様がおわしたのだ。一つで二つの贅沢が味わえる素晴らしきタルトレット。帰ったら料理長にお願いしてみよう。 「同席しても良いですか?」 私がお菓子を堪能していると男の子に声をかけられた。周りをみるとテーブルは埋まっていて、席が余っているテーブルは少ない。 「どうぞお気になさら、ず?」 私が視線を男の子に戻すと驚きで固まってしまった。 「よかった。ここしか空いてるとこなかったから」 だって、その男の子は黒い髪に赤い瞳で。 「僕はヴォルグ=リタ=イズフェス。よろしくね」 時たま見せるふにゃりとした笑顔が素敵な。 「私はエルヴェラール=フィオン=インヴィディアです」 あのヴォルグ様だったんだもの。 別に目的の攻略対象の観察を忘れていたわけではない。お菓子に夢中になって忘れていたわけでは断じてない、が、私はなぜ推しに話しかけられているんだ。普通に驚くわ。 攻略対象ヴォルグ=リタ=イズフェスは騎士団長の寡黙な息子。 ゲームの設定では見た目にコンプレックスがあって、あまり自分から誰かに話しかけることはなかったはずなのだが、今、目の前にいる。 ゲーム開始前だからか、おとなしそうな雰囲気もあるが結構話しかけてくる。 ヴォルグ様の好きな食べ物はクッキーで特にアーモンドがたっぷり入っているものが好きとのこと。趣味はゲーム開始後の彼と同じく読書と剣の稽古。好きな色は青系。今日のドレスはたまたま水色だったため、少し嬉しい。さすが一週間前の私。 ヴォルグ様からは色々聴き出しやすく、ヴォルグ様のお友達(こうりゃくたいしょう)の情報集めは順調だ。 ヴォルグ様曰くレオン王子は負けず嫌いで事あるごとにヴォルグ様に勝負を持ちかけては負け、勝つまで再戦するらしい。仕方がないのでいつも最後の一回だけ負けて上げているとか。 アルムはよくヴォルグ様の家に遊びに来るらしく、結構仲が良いとのこと。ウィルムは宰相にひっついて仕事を見て回るのが好きならしく、ヴォルグ様はあまり話したことがないようだ。 隠しキャラについても聴き出したかったのだが、隠しキャラの名前も知らないし、「ヴォルグ様のお友達はどんな方なのですか」と聴いて、メイン攻略対象の名前しか出なかったことを考えると、ヴォルグ様とは関わりがなさそうだ。 私たちがクッキーをつまみつつおしゃべりしていると、突然、悲鳴が聞こえた。 「な、なんで悪魔がいるのよ!」 頭の両サイドにドリルを装備した女の子が私たちを指差してヒステリックに叫び出す。 失礼な、私はまだ悪魔な悪役令嬢はやっていないぞ。やるつもりもないけどな。 私がなんだコイツと言いたげな目で女の子を見ると女の子がまた叫んだ。 「だって!髪の毛が黒いし目が真っ赤じゃない!」 とっさにヴォルグ様の方を見ると目が泳いでいた。 そうだ、思い出した。配役が少しばかり違うがこれはヴォルグ様のコンプレックスの原因だ。ヒロインとのイベントの回想シーンにあったやつだ。ヴォルグ様を貶すのはエルヴェラールだったのだが。 「黒い髪は漆黒の夜のようで素敵ですし、赤い瞳は宝石のようで美しいと思いますわ。それに、救国の英雄様の色を忘れまして?英雄リエン=セーナ=イズフェス騎士団長様は黒い髪に赤い瞳ですわ。あなたは英雄様のことも、侮辱するおつもりかしら?」 私がお嬢様言葉で威嚇すると女の子は顔を真っ赤にして「覚えてらっしゃい」と言って逃げた。 再びヴォルグ様の方を見ると目をそらされてしまった。 「エルヴェラール様、僕のせいでごめんなさい」 ヴォルグ様は先ほどのことをものすごく気にしているようだ。私は推しを侮辱した不届きものを成敗しただけなのに。 「私はヴォルグ様の色、好きです。自分の好きなものをバカにされたら嫌でしょう?」 私が満面の笑みで言うとヴォルグ様が固まった。心なしか顔が赤い気がする。あ、女子にフォローされるのって恥ずかしいよね、ごめん。 「よかったら私のことはエルとお呼びください」 「じゃあ、僕もヴォルグで…エル」 「はい!改めましてヴォルグ、よろしくお願いしますね!」 どさくさに紛れて愛称で呼ばせてお友達になるぜ計画成功。 先ほどのことで一時はぎこちなくはなったが、ヴォルグ様と打ち解けられた気がする。 楽しくおしゃべりを再開すると、再び何やら怪しげな影が近づいてきた。
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