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悪役令嬢は思わぬ出会いに狼狽える
金髪に金色の瞳。周りに大勢の令嬢を侍らせているその人は私の敵の1人、第三王子レオン=カイル=ローゼンシュヴァリエ殿下だった。周りの令嬢たちの視線が痛いからこっちに来ないで欲しい。
「君がエルヴェラール嬢?」
「ご機嫌麗しゅう殿下。左様でござ」
「やっぱり!噂の通りだ!」
なんだコイツ。人の話を聞かない人種か。そして噂ってなんだよ。私は知らないぞ。
「殿下、勝手にいなくなられては困ります」
殿下にくっつく水色の髪に水色の瞳のコイツらはあの双子だ。
期せずして私はお兄様を除くメイン攻略対象全員と出会ってしまったのだが、ごめん。どっちがウィルムでどっちがアルムだ。
「あ、この二人は双子なんだ!そっくりでどっちがどっちか分からないよね!」
「それよりまずは自己紹介でしょう殿下。名乗らなければまだ初対面という扱いですから令嬢に失礼にあたります」
「ウィルは面倒くさいな!まあいいや。僕はレオン=カイル=ローゼンシュヴァリエ!よろしくね」
これで良いのか第3王子よ。この国の行く末が心配になってきたぞ。そして目つきの悪いほうがウィルムね、うん、薄々気が付いてはいた。
「私はエルヴェラール=フィオン=インヴィディアでございます。本日はお招きいただきありがとうございます」
私が淑女らしくお辞儀をすると殿下の顔がぱあっと明るくなり、殿下は私の手を取ろうととする。
それをウィルムが止め、殿下は不機嫌そうにウィルムを睨んだ。
「恐れながら殿下、その二人の紹介を」
ヴォルグ様が出した助け舟によって殿下は忘れていたかのように慌ててウィルムアルムを前に出す。
「えっと、こっちがウィルムでこっちがアルムだよ」
「ご紹介に預かりましたウィルム=ドーラ=マクレーンです。どうかお見知りおきを」
「同じくご紹介に預かりましたアルム=ルイス=マクレーンです。よろしくね」
「ご丁寧にありがとうございます。ウィルム様、アルム様」
確かに面倒くさいなこのやり取り。
しかし、さすが攻略対象というべきか皆幼少期ながら将来有望そうな美形である。第3王子の性格は別として。
ゲームの王子はそこまでちゃらんぽらんではなかったのだが、それは成長したからというやつだろうか。
しかしまあ、ゲームのエルヴェラールはよくこんな残念な王子に一目惚れして婚約をせがんだものだと思う。いや、逆にこのちゃらんぽらんさに惚れたのか。なわけないか。
そんなことより早く帰って絵が描きたい。ヴォルグ様の笑った御尊顔を忘れないうちに描き残したい。だから早くあっちに行ってくれ王子御一行。
私の思いが通じてかお茶会の終わりを告げる鐘が鳴った。私は失礼にならない程度の挨拶をして逃げるようにその場を去った。
帰りの馬車にはスケッチブックが隠されており、私はそれを引っ張り出すとラフスケッチを始めようと表紙を開くが、鉛筆を持ってくるのを忘れたことに気がつき、私はふて寝した。
家に着くと走って自分の部屋に戻り、作業しやすいように簡素なワンピースに着替え、イーゼルを立て、カルトンと画用紙を装備した。
さて、今からヴォルグ様の御尊顔を描くわけだがヴォルグ様の髪の色は黒で瞳の色は赤だ。
油絵や水彩など色を使った絵ならばなんら問題のない色彩だ。しかし私の装備は黒鉛筆。それもHB、F、B、2Bの4種類のみ。
鉛筆デッサンにおいて赤と黒はデッサン力が問われる組み合わせなのだ。
赤はモノクロームにすると黒と同じくらい暗い。ヴォルグ様を描くには髪と瞳の色味の描きわけがネックとなる。
その赤も深い赤なので表現に困る。まあ、人に見せるわけでもない備忘録のようなものだからそこまでこだわる必要もないのだが。
結局、ふにゃりと笑った時の頬の赤さと肌の白さを対比させ、髪を最大限に暗くして瞳を少し明るめにハイライトを多めに入れるようにしようと計画した。
HBと2Bのコンビをなめてはいけない。HBはHや2Hには劣るもののそこそこの硬さを持っている。先にザッと黒くしたいところを2Bで描く。その上をHBで潰す。
すると2Bだけで描くよりも濃い色が出るのだ。画用紙の目をしっかり潰すことで満遍なく濃い黒が出せる。
まあ、分かってたよ、2Bってこんなもんだよね。
正直言ってあまり深い黒は出なかった。9Bが欲しいとは言わない。せめて6B、6Bが欲しい。
描き上がったヴォルグ様は淡い色合いのせいで儚い美少年画になった。これはこれで良いのだがやりきれなかった感が否めない。
いつか3B以上の鉛筆が作り出せた時は再戦したい。
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