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「欲しい本があるの」  カーテンを開くと、鈍色の空が広がっていた。裸の枝が揺れていて風の強さがよくわかる。視覚だけで寒そうだ。室内が暖かいかと言えば、そうでもないのだけれど。  窓をわずかに開く。冷気が滑り込んできた。  灯りのついていない、仄暗い室内。天蓋から垂れ下がったレースは開かれていて、彼女の姿がよく見える。起きあがった彼女は、微笑を浮かべてこちらを見つめていた。  血の気のない、白い肌。長く艶やかな黒髪。赤い唇。蠱惑的な瞳。薄いネグリジェ一枚で、けれど寒さを感じている様子はない。  まるで一枚の絵画だ。  彼女のいる風景は完璧だ。どれだけ眺めていても、飽きることはない。  ギシリと、床板を鳴らす。 「本?」  肩にストールをかけてやり、ベッドの縁に腰かける。彼女はええと頷いた。 「いいよ。見つけてくる」 「ありがとう」  嬉しそうに笑みを深める。その表情だけで、幸せが込み上げてくる。 「でも、珍しいね。本が読みたいだなんて」 「話に聞いて、ちょっと見てみたいなって思ったの」 「聞いたって、誰に?」 「お友達よ。あら。もしかして疑っているの?ひどいわ。ちゃんと大人しくしているのに」  わざとらしく拗ねてみせる彼女に、慌てて言いつのる。 「信じてないわけじゃないないよ。ただ怖くて。最近、少し物騒だから。君に何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうなんだ」  彼女のひんやりとした両手を強く握りしめ、真剣に伝える。 「ふふっ、心配性ね。大丈夫よ。外には出ていないから。古いお友達から、珍しく連絡があって。その時に、その本の話が出てきたのよ」 「そう。ならいいんだけど」 「そうよ。だって必要な物も欲しい物も、みーんなあなたが手配してくれるもの。外に出る必要なんてないわ」  その言葉に誇らしくなる。  彼女が外に出る必要なんて、何一つない。望みは全て叶えてみせる。外は危険だ。何より、彼女の姿を人目になど晒したくない。 「だから、ね?」  言って、可愛らしく首をかしげる。  彼女の白磁の手が、伸ばされた。その手を上から包み込み、頬を擦りよせる。  そんな風におねだりされて、断れるはずがない。元より、断るつもりはない。 「もちろんだよ」  望みは全て叶えてみせる。  彼女がこの家から出る必要なんてないように。 「それで?それはどんな本なんだい?」  弧を描いてから、赤い唇が開かれた。 「あのね、その本は……」
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