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11月□日~×日
「あの家を売るですって!」
「朝っぱらから大声出すなよ美香子」
「あんたが朝っぱらからビックリするようなこと言うからでしょ!」
一緒に老人ホームに入ろうと約束までした親友の結婚式当日、行きたくない行きたくないと美香子は直前まで言っていたが、やはり親友を祝いたい気持ちが強かったのだろう、美香子は結婚式に出席することにし、今、俺のタクシーで式場まで送っている。
やはり日曜日の朝は車の往来が少なく、渋滞に巻き込まれることはなさそうだ。
俺は気持ちに余裕を持って運転していた。
「なんで今さら家を売る気になったのよ?」
「お前が前に言った通り、もう古くなったからな…タクシー運転手の給料じゃ大々的なリフォームなんてできねえし…今のうちに売った方がいいと思ってさ…」
瞳子さんが茂明と幸せに暮らす隣に住むのが辛いから…なんてことは恥ずかしくて言えない。
「尊君は?同居人の意見はちゃんと聞いたの?」
「尊なら家に戻ったよ。大学にも戻るって言ってたな」
「ふーん…」
家を売ると言った時は驚いた美香子だったが、今はコンパクトを取り出し、入念にメイクのチェックをしているせいで返事が上の空だった。
「尊君て学生だったのね」
「ああ、それも有名私立大のな。休学してた分、遅れを取り戻さないとって焦ってたよ…」
尊が有名私立大を休学してた理由が畦倉真知の世話をするため…なんてことは言えない。
「あの家は売って欲しくないなぁ…」
メイクに納得したのか、コンパクトを閉じた美香子が呟いた。
「なんでだよ?」
「叔母さんの思い出が詰まった家だからよ。ウチの親、共働きで放任主義だったでしょ。だから遊びに行った時、いつも優しくしてくれた叔母さんのことを本当のお母さんみたいに思ってたのよ私…」
「ふーん…」
子供の頃、毎日のように家に遊びに来ていた美香子を、親戚とはいえ図々しいヤツだと思っていたが、お袋をそんな風に思ってたとは…
美香子を式場まで送り届けた後、俺はひたすらタクシーを走らせ、客を拾っては目的地まで送るを続けた。
もうすぐ夜が明けるな…
暗闇に朝日が混じり一日の始まりを感じさせた。
「もう客はいないだろ」
俺は会社に戻ることにした。
だが繁華街から少し離れた歩道で、手を挙げて俺を呼び止める者が現れた。
俺はタクシーを止め、後部座席のドアを開けた。
乗って来たのは帽子を目深にかぶった…
「畦倉真知!」
「く、黒田さん!」
「久しぶりだな」
「はい…」
「どこまでだ?」
「自宅まで、お願いします…」
運転手が俺だと分かり、安心したのか畦倉真知は帽子を脱ぎ、ため息をついてドサッと座席にもたれた。
「お疲れだな」
「ドラマの打ち上げだったんですが、今まで付き合わされて…」
「そりゃ大変だったな…どんだけ飲まされたんだ?」
「マネージャーに酒だけは絶対飲むな!って言われてるんで、ウーロン茶やジュースを何杯も」
「そうか…」
こいつが酒を飲んだら何を仕出かすか分からないことをマネージャーは知ってるんだな…
「で、お前の家はどこなんだ?………困ったな」
バックミラーに映る畦倉真知は口を半開きにし、上を向いてイビキをかき寝ていた。
イケメンでも、こんな間抜けな顔して寝るんだな…
それにしても畦倉真知の家なんて知らないし…尊なら知ってるだろうが夜明け前じゃ、まだ寝てるよな…
「仕方ない…」
俺は会社とは反対方向にタクシーを走らせた。
仕事を終え家に帰った俺は台所に立ち朝食を作っていた。
その時、
ピンポーン
「誰だ?こんな朝早く…」
俺は玄関に向かいドアを開けると、そこには…
「おはようございます」
「お!…はよう尊」
「なんで、そんなに驚いたんですか?黒田さん」
「べ、別に驚いてなんか…急に来て、どうした?」
「朝っぱらからビールとおつまみの不健康な朝食を取ってるんだろうなと思って、サンドイッチ持って来ました。僕の手作りですよ」
そう言って尊は笑顔で手に持っていたランチバッグを掲げた。
ありがたいが、とてもありがたいが、よりにもよって今日来なくてもいいのに…
家に入ろうとした尊を、俺は慌てて身体を盾に阻止した。
「黒田さん、僕を家に入れたくないんですか?」
「そ、そうなんだ…仕事の疲れで掃除がまったくできてないんだよ。だから散らかってて…」
「掃除なんて、僕がしてあげますよ」
「いや、自分でするから大丈夫だよ」
「キスしますよ」
「えっ?」
「どかないとキスします。ここでキスしたら近所の人に見られますよ」
「尊、お前なぁ…」
「お邪魔します」
俺を脅迫して尊は家に入った。
「朝食、作ってたんですね」
「ああ…」
「食卓に目玉焼きが2つ…2つも食べるんですか?」
「あ、ああ…今朝はお腹が空いてて」
「食パンも2枚トースターにセットしてますね」
「だから今朝はお腹が空いてて」
ダダダダダダダ!!
「な、なんですか、この足音は?!」
「ク、クロがネズミを追いかけてるんだよ」
ニャーオ
足元にいたのかクロ…
「猫とネズミが、こんな大きな足音を立てるわけないでしょ!」
だよなぁ…
俺は誤魔化すことが出来ず、どうしたもんかと頭をかいているうちに、大きな足音を立てて、畦倉真智が2階から勢いよく降りて来た。
「黒田さん!自分、思い出したんです!!自分が、黒田さんにしたこと…あんな…あんな恥ずかしいことをしてしまって、本当にすいませんでした!!!」
俺に深々と頭を下げる畦倉真智を指さし、尊は俺に声を荒げた。
「ちょっと黒田さん、なんで真知がここにいるんですか!!恥ずかしいことってなんなんですか!!」
俺は頭を抱えた。
朝っぱらから面倒なことになってしまった…
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