遥か、愛しのニライカナイへ捧ぐ歌

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* 「明鷲……ど、どうしてこんな所に……?」  もう会うこともないだろう。  そう思っていたから、本当に、本当に驚いた。 「来年はお前が本土に来いって、南雲言ってただろ」 「そ、そうだっけ。でも、まさか本当に来てくれるなんて思わなかったよ」  雪江さんに事情を話して早めに休憩を貰い、俺も明鷲の正面に座って自分で淹れたコーヒーを飲んだ。  目の前の明鷲は変わっていない。彫りの深い顔立ちも、精悍な体付きも、少し乱れた黒髪も。 「教えてもらった店の名前を調べたら、すぐ分かった。口コミのサイトで結構有名だったぞ、コーヒーが美味くて店長が美人の喫茶店だって」 「そうなんだ。……明鷲、こっちにはいつまでいるんだ?」 「全然決めてねえよ。オバァが死んで俺が久高に行く理由がなくなったし、南雲のことも思い出して、どうせなら会いに行ってみようって思ってさ」 「お婆さん亡くなったのか。寂しいな」 「海に還っただけだ、寂しくない」 「ニライカナイだっけ」 「それそれ」  明鷲の背景が青空や海ではなく、ガラス越しに行き交うサラリーマンや自動車なのが何とも不思議だった。同じ日本でこうも違うものなのか、こうしている今もあの島が穏やかな波音に包まれて存在しているのかと思えば感慨深いものがある。 「空気悪くて最悪だろ、こっちは」 「話に聞いてたよりかは、ましだった」 「海も汚いしさぁ……」  俺自身、島の海に触れてからというものこっちの海に行けなくなった。灰色がかった海──浅瀬に魚は来ないし、浜辺はべたついていて、ゴミも多い。 「海は綺麗と思えねえけど、都会だから仕方ねえよ」 「それでもこの時期は人でごった返すんだから、不思議だよなあ」 「こっちの人らは、素潜りで魚採ったりしてる訳じゃねえんだろ。のんびり過ごすだけならいいと思うぞ」  明鷲はさすが沖縄人(うちなーんちゅ)らしく、喋り方も考え方もゆったりとしている。どこか安心できるその雰囲気に懐かしさを覚えた俺は、去年の礼にこの付近の観光案内を申し出た。 「本当か? 南雲、忙しいんじゃねえの」 「大丈夫だよ、そこまで繁盛してる店じゃない。まあ、大した見所もないんだけどさ」 「助かるよ、右も左も分からねえもん」  それから島での思い出を語っていると、雪江さんがコーヒーのおかわりを二つ持ってきて言った。 「偉く男前ねえ、南雲が沖縄でこんな友達作ってたなんて。一言も言わなかったじゃないの、隠しちゃってさ」 「別に隠してた訳じゃないですよ」 「まあいいけど。これは私の奢り、ゆっくりしてってね明鷲くん」 「はじみてぃやーさい(は じ め ま し て)。美人のねーねー、ありがとう」 「あらやだ」  明鷲の南国スマイルに年甲斐もなく照れる雪江さんに呆れつつ、俺は奢りだと言う二杯目のコーヒーをゆっくりとすすった。  昼時のピークを過ぎれば、あとは閉店までゆったりとした時間が流れる。店は一人で見られるということで、雪江さんが俺を早退させてくれた。いつもなら自分が夕飯の買い物に出たり意味なく煙草を吸ってサボっているのだが、こういう時だけ空気を読んでお姉さんらしさを発揮する雪江さんが好きだった。 「こっちは湿気が多くて、べたべたしてるだろ」  灼熱の太陽が照っていてもカラッとした空気の沖縄とは、暑さの質が違う。べとついた汗がシャツの中を伝うだけで気持ち悪く、今日のように曇っているとより一層嫌な気分になる。 「でも流石に都会って感じする、人も多いし建物もでっかい」 「那覇も都会じゃん。東京の街並みと変わらないって思ったよ」 「あと電車初めて乗ったけど、本土の人達はあんな迷路みたいなの全部覚えてんのか」 「沖縄はゆいレールとバスしかないもんな」 「タクシーもあんぞ」  白いTシャツとジーンズ。そんなシンプルな恰好なのに、明鷲は本当に男前だった。洒落たシャツやハットやベストや伊達メガネなんか身に着けなくても、ハンサムは何を着てもハンサムなのだ。
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