遥か、愛しのニライカナイへ捧ぐ歌

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*  それから午前二時。コインロッカーに預けていた荷物を回収して、ホテルは寝る時に予約するつもりだったというお気楽精神な明鷲を連れ、俺のアパートに帰宅した。 「狭いけど我慢してくれよ。布団も一組しかないから、窮屈だけど」  エアコンを点けてカーテンを引き、酔い覚ましの水を明鷲に渡す。 「南雲」  明鷲に呼ばれて、「うん?」と顔を上げる。  そこには、真っ青な海岸を背景に笑っていた時と同じ明鷲の笑顔があった。 「南雲、しんけんにふぇーでーびる。わーシマからやまとぅんかい来てちゃー独りやたんから南雲んかい会えてでーじ嬉しかったさー」 「……何て言ってんの?」  相当酔っ払っているのか、明鷲はふらつきながら俺の頭に手を置き、笑っている。 「南雲にも会えたし、これでいつでもニライカナイへ行ける」 「え……?」 「南雲、ありがとう」  固まった俺を見て、明鷲が可笑しそうに笑った。 「何泣いてんだ?」  ぼろぼろと零れる俺の涙を、明鷲の指が何度も拭う。それでも止まらなくて、俺は俯き、握った拳で目尻と頬を強く擦った。  明鷲に何があったのかは分からない。一年前の夏、太陽の下で誰よりも輝いていた明鷲が──そんなことを考えていたなんて、信じられなかった。  いつでもニライカナイへ行ける。それって、いつでも死ねるってことか。  明鷲にとって死は終わりではない。あの永遠に続く青い海からもらった魂を、己という存在を、還すべき場所に還すだけなのだ。  海の向こう遥か彼方、ニライカナイへ──。 「……嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ」 「唯一の家族だったオバァが死んで、お前との思い出がある浜も行けなくなって、久高に行く理由なくなったからか、最近そんなこと思うようになった。俺も海の一部になるって考えたら怖くもねえしな。何が嫌なんさ」 「嫌だってば。俺は……俺は、絶対嫌だっ」  酔っていて、感情が高まってしまったのだろう。冷静に話すこともできたはずなのに、俺は明鷲の胸に顔を押し付けてわんわん泣いた。駄々をこねる子供みたく明鷲に縋り、嫌だ嫌だと首を振って隣室への迷惑も考えず声を張り上げた。 「自殺なんて考えるなよっ、明鷲!」 「……ん」 「俺がずっと一緒にいるから。明鷲が寂しいなんて思う暇もないくらい、ずっとずっと一緒にいる。一生、俺が傍にいるから死なないで、明鷲っ……死なないでくれよ!」  明鷲の手が俺の両肩に乗り、そっと体を引き剥がされた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げると、そこには…… 「っ、……、……!」  褐色肌の顔面を更に真っ赤にさせ、眉間に皺を寄せ、口許を真一文字に結んだ状態で俺を見下ろす明鷲の顔があった。 「ぬ、……ぬっ……」 「あ、明鷲?」 「ぬー()いっちょーさんやっさ( 言 っ て ん だ)ぁー、やあぁ(お 前)ー!」 「え、なに? 何だって?」  そして、喰らい付くように激しく唇を塞がれた。 「んっ、……!」  勢いのまま、背後に敷いてあった布団の上へと押し倒される。ぐるりと視界が回転し、天井の電気を背景にして明鷲の相変わらずな真っ赤な、それでいて男前な顔が俺を覗き込んできた。 「南雲」 「は、はい」 「俺は自殺なんかしねえよ」 「……え?」 「俺は、『いつ死んでも悔いはねえ』って意味で言っただけだ」 「………」  明鷲の赤面が、瞬く間に俺にも伝染した。 「一緒にいてくれんのか」 「ち、違……だって、あれは」 「一生俺の傍にいてくれんだろ」  潤んだ目元にキスをされ、俺は明鷲の背中に両腕を回す。
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