注文書

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 閉店三十分前になると、弁当売り場はにわかに活気を呈してくる。商品を売り切るために、半額の値下げシールが貼られるからだ。半額品目当ての客が、きょうもヒロユキの周りの殺到した。会社帰りのサラーリマンやOL、なじみ顔になった常連の中高年じいさんばあさんたちが欲しい弁当を抱えてヒロユキの周りに群がる。  ハイハイ今値下げしますよー、ハイ、いつもありがとうございまーす。 「あらあ、ねえ、ちょっとこれしか安くならないのお?」  その客は二割引きシールが貼られた菓子パンの袋を差し出した。菓子パンは、弁当売り場の商品ではないので値下げでない。 「申し訳ございません。パンはこちらではお値下げできないんですよ」  ヒロユキは横目でメロンパンのパッケージをにらみながら、生姜焼きコロッケ弁当に半額シールを貼り、それをスーツ姿の若い男に手渡した。 「どうせ値下げするんだから、どこでやったって同じじゃないの?」  メロンパンの袋がぬっと突き出される。  ヒロユキは心の中で舌打ちした。  ああ、ウザイ客だ。店にはルールってもんがあるんだよ、このばばあ。  むろんシールの一枚や二枚を弁当売り場で貼ったところで、店のルールから大きく逸脱するわけではないが、やはりパンはパン売り場の人間が管理すべきなのだ。そうしないと、パンどころか肉売り場や魚売り場の客までが弁当売り場までやってきて収拾がつかなくなってしまう。部門によって値下げ幅が決められている事も理由のひとつだ。 「すいません、できないんですよ」  顔はにこやかに、しかし腹の内はいらだっている。ヒロユキは値下げ機の操作を休めてパン売り場へ視線を投げた。パン売り場に従業員の姿は見えない。  くそ、よりによって・・・  ヒロユキは揉め事を避けたかったので、メロンパンのバーコードにスキャナーを照射した。癪に障るから半額にはせず、四割引きにする。 「申し訳ありませんけど、パンはこれで勘弁してください」 「あら、四割なの? まあ、弁当じゃないからいいわよ、ありがとう」  客はあっさりと引き下がった。  閉店十分前。  群がっていた客は瞬く間に引いて、売り場コンコースは急に静かになった。  ヒロユキは商品がなくなった棚段の清掃にとりかかった。  弁当包材に付着していた揚げカス、棚板にこびりついた毛髪や細かいゴミをふき取っていく。  さっさと終わらせて早く帰りたかった。最近は高校生アルバイトのヒロユキにまで残業手当の干渉をされるからだ。夕方から閉店までやることはたくさんある。フライヤーの油落とし、コンベクションの薬剤洗浄、床みがき、作業台洗い、売り場の商品整理と値下げ売り切り、ごみ捨て、翌日の売り場準備等々。 手際良く済ませないと残業になるほどの業務の多さである。たいがいはバックヤードにひとり、売り場にひとりで回す。ところが誰か欠勤したり退職したりすると、ひとりで全部こなさなけらばならないのだ。当然、残業になるケースだが、工夫して終わらせるようにと会社側は言ってくる。  最近はヒロユキひとりでやらされることが多かった。というのも、一人辞めてしまったからだ。おかげで、いつもイライラすることが多くなっていた。  清掃用アルコールを噴霧していると、背後から声をかける客がいた。  この時間帯の客は、値引きねだりか、○○売り場はどこですかの問い合わせがほとんどだ。
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