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僕は拘置所の中で項垂れていた。 どうしてこんな事に… 僕はただ、15時のお茶の時間に、少しだけおやつを食べただけじゃないか…。 やるせなくて、納得出来なくて、涙を滲ませて、鼻を啜っていると、不意に背後に人の気配を感じた。 おかしい。 この中には誰もいなかったし、誰も入ってくることなんか出来ないのに。この背中合わせに感じる人の気配、温もりはなんなのだろう。 でも、不思議と怖いという気持ちはなかった。 「…済まなかった。君なら、僕のような過ちを侵さずに、ここで上手くやって行けると思ったんだ。だけどやっぱり僕は僕、同じなんだね…」 後ろから聴こえてくる声には、凄く聞き覚えがあった。 「そう言う君は、15時のお茶の時間にお菓子を食べてしまったんだね。そしておやつ法違反で捕まった。で、その後に何が起こったんだ?」 「僕はもう一年近く、15時に隠れてお菓子を食べていた。だから罪は重く、もう一生外に出る事が出来なくなると言われ、もしおやつ法のない世界があるならば、もしそこに別の僕が居るならば、入れ替わりたいと願った」 勿論、そんなものは夢物語で叶うはずはないと、そう思っていたと背後の僕は続けた。 「別の僕なら、おやつ法に従って上手くやって行けるんじゃないかと、そうなれば罪を侵した僕は、どちらの世界にも居なくなると思ったけど、やっぱり同じことしちゃうんだね」 別の世界の自分と入れ替わる……僕がずっとその存在を信じてきた並列の世界、そこに居るだろう別の自分、背後の僕もそれは同じだったという事か…。 「折角、神様がくれたチャンスを生かせなくて悪い」 僕はなんとなく、背後の僕の期待に添えなかった事に罪悪感を感じて、謝ってしまった。 「君がここに来たという事は、僕は元のアナログ時計もある世界に帰れるということかな?」 「君の存在する世界、自由にお菓子が食べられる世界、とても楽しかったよ。でも、こっちの甘味処の方が最高の物が食べられるね」 背後の僕が少し笑ったように感じた。 「確かにね。でも、あの最高の甘味処が、たとえおやつ法の産物だとしても、僕は絶対に、おやつ法なんてものは作らせない」 僕はそう力強く言ったのだけど、その時には背後の僕は居なくなっていて、僕は自分の部屋のベッドの上に、一人で座っていた。 「あれ?今までのは………もしかして、全て夢?」 いや、でも着てるものは捕まった時のものだ。枕元の時計を見れば、アナログ時計の針が3時を指していた。そして、机に視線を移せば、机の上にはお菓子の山が出来ていた。 僕は思わず小さく吹き出した。 確かに、おやつ法なんてものがあるあの世界から、この世界に来たら、僕も同じ事をするだろう。 自由に食べられるおやつ、か。 あの世界の僕は、これから先、夜中の3時にすら、おやつを食べられないのだろうか…。でも、そうなる前に、一時でも好きな時間に好きなだけ、大好きなお菓子を食べられたのは、きっとささやかでも、救いになった……なっていて欲しい。 僕は机の上から、あちらの世界でヒカリ先輩に貰ったフロランタンを見つけて、それを頬張った。 何故だろう… 同じお菓子なのに、あちらの世界で人目を盗んで食べたそれの方が、何倍も美味しく感じられたように思えた。 自由に食べられないおやつだったからなのかな… それにしても、自由におやつが食べられる、それがこんなに嬉しくて幸せな事だなんて、あの世界を知らなければ気づかなかった。 これからは、もっと味わって大切に食べよう。 自然とそんな風に思えて、僕はそれが何か変で可笑しくて、ちょっとだけ笑ってしまった。
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