第二章

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 京都駅に到着した麻野は、旅行ケースをころころと転がしながらバス乗り場へ向かった。三時間座りっぱなしで凝り固まった身体は、新幹線のホームから駅の外まで歩く間にほどよくほぐれ、軽く眠っていたこともあって、なんだかやる気がとてもある。  時間は昼前。まだ七月の前半だというのに、やたら滅多に観光客が多いのはなぜだろう。いつもこうなのならば、京都というブランドの破壊力は凄まじいといえる。 「わっ、すごい列!」  タクシー乗り場近くの、四角い建物に行列が出来ていた。ほとんどが外人だが、日本人もぽつぽつみられる。建物には英語で何か書いてあるが、観光案内所だろうか。麻野は首をひねって、けれどもバスの時間を確認するのが先だと、あらかじめ調べておいた番号のバス停へ向かった。 「おい、どこへ行く」 「先生」  ほかほかの陽気とは裏腹の冷ややか声音に、麻野は肩をすくめるようにして振り返った。肩越しではなく、ちゃんと全身で向きあうあたり、麻野の誠実さが出ていた。 「あの、なんでついてくるんですか」 「不本意だ」 「はぁ。同じところに向かうってことですかね」 「不本意ながらな」  ひと際強い口調で告げる新居崎に、麻野は唇を尖らせた。なんなのだろう。なぜこんな不機嫌な新居崎が、さっきから麻野のあとをついてくるのだろう。もしかして、静子の策略で麻野と新幹線や旅館が同じになったことを恨んでいるのだろうか。だとしたら、静子は麻野のためにやったことだから、静子を嫌わないでほしい。……なぜ静子がこんなことをしたのかは、麻野も問い詰めたいけれど。 「こっちだ」 「え?」 「そんな大荷物でバスに乗るな。あのメモ通り取材をするのなら、結構歩くことになる。タクシーで移動したほうがいい」 「あの、でも結構高いかも」 「そんなもの、必要経費で狸じじいに請求しろっ!」  新居崎は苛立たしげに地面を蹴って、踵を返した。だがすぐに、麻野が立ち止まっていることに気づくと、見下すように顎を突き出し、口をひらく。 「とっととついてこい、二度は言わない」 「は、はい」  従ったほうがよさそうだ、と頷くものの、なぜ新居崎が怒っているのか、麻野に構うのか、わからない。  新居崎はタクシー待ちの列に並び、色男に許された特権のような気だるげなポーズで腕を組んだ。彼は、携帯電話と財布しか持っていないらしい。そのほかの着替え諸々が入った旅行鞄は、先に旅館へ送ってあるとのことだった。
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