第四章

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 麻野は、一向につながらない携帯電話の着信画面を眺め続けていた。そわそわと落ち着かないのは許してほしい。本当は今すぐにでも新居崎の家に突撃したいのだ。  麻野は、近々新幹線代を返したいという連絡を新居崎に入れたのだが、まさか、今からくるなんて、言うとは。  急ぎの資金が必要なのだろう、もしかしたら暫く連絡がこなかったのも、そういった理由があったのかもしれない。 「出てよっ、私が届けるのに――っ」  返す側が出向くのが筋というものなのに、新居崎は「今から行く」と告げたきり通話に出ない。麻野は新居崎の自宅を知らないし、今から調べて家を出たとしてもすれ違うかもしれないのだ。  そもそも、新居崎のほうは麻野の自宅を知っているのだろうか。  新居崎が通話を切ってから、二十分弱。  何度呼び出しても通じなかった携帯電話の着信に、新居崎の文字が表示される。 「先生っ!」  慌てて取ると、受話器の向こうから、荒い呼吸が聞こえる。 「今どこですかっ、私が行きますから!」 「……ここに住んでいるのか」 「え? もしかしてもう近くまで」 「セキュリティも何もないマンションじゃないか! それになんだ、この鍵は。ピッキング初級者でも開錠できるぞっ」  なにが、と言おうとすると、玄関のドアノブがガチャガチャ音をたてた。ひっ、と仰け反りながらも玄関に行くと、ゴンゴンと拳でドアをたたく音がした。 「開けろ!」 「……先生?」 「ほかに誰がいる」 「すぐに開けますっ」  携帯電話を握り締めたまま、急いで、捻るだけのカギを開く。がちゃりと音が鳴ると同時に勢いよくドアが開かれた。  携帯電話を握り締めたままの、額へ汗を浮かばせた、新居崎が立っている。 「せん――」 「開けるな!」 「……はい?」 「不審者だったらどうする。私でなかったら、いや、私であっても、男が夜中に尋ねてきたら、鍵を開けるな。それから、もっと厳重な鍵をかけろ。インターフォンはなんのためについている。内側のチェーンはなぜそこにぶら下がったままなんだ」 「……落ち着いてください、まずはなかに」  近所の目もあるから、夜中に玄関で騒がないで。  そんな焦りもあって、麻野が強引に新居崎を部屋に押し込む。言われた通り、もう注意を受けないようにドアロックだけではなくてチェーンをかけて、簡単には開かないようにした。 「これでどうですか!」 「……私はもう、入ってしまっているんだが」 「あ、そうだ。渡さないと」  するりと新居崎の隣を通り過ぎた際、やや困った表情の新居崎が見えて、咄嗟に足を止めた。
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