第四章

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「結婚……したら、大学は?」 「これまで通り通えばいい」 「両親への説明、とか」 「なんとかする。俺は大妖怪だ、人の住処へ潜むことなど容易い」 「……うん」  目の前の手のひらに、自分の手を重ねた。大きな手だ。男性の、ごつごつとした、筋張った手は、とても綺麗。 「えっと、これからどうするの?」 「俺の部屋へこい。まずはそれからだ。ここは早いうちに引き払――」 「馬鹿も休み休み言え」  強い力で、腕を引かれた。  酒呑童子に握り締められそうになった手のひらが解けて、いつの間にか、新居崎の腕のなかにいた。  麻野は、ぱちぱちと目を瞬く。 「せん――」 「それでいいのか。きみは本当にこいつを、愛しているのか」  新居崎の視線がゆっくりと、酒呑童子から麻野へ向けられた。腕のなかから見上げると、新居崎の顔はすぐ近くにある。  どくん、どくん、と麻野と同じくらい――いや、麻野よりも大きな心臓の音が、伝わってくる。 「きみに意志はないのか」 「……あります」 「ならばなぜ、言われるがまま受け入れるんだ。こいつが例の、大切な知り合いなのだろう? だから、言われるがまま受け止めるのか。きみにとっての、意思決定の基準はなんだ」 「よ、よくわかりません。先生の言っている意味が。だって、しーちゃんが望んでくれてるんですよ?」 「つまりだ! 私が、結婚しようと言ったらきみは私と結婚するのかと聞いてるんだ!」 ――え?  つまり、から続く言葉が、あまりにも突拍子がなくて、麻野はしばらくフリーズした。ぽかんと空虚にさえなった頭のなかで、新居崎との結婚生活を想像する。おかえりなさい、ただいま、そんな言葉をかけあって。暖かいごはんと家、一緒の時間、暇をつくって行く、家族旅行。  どれもこれもが、驚くほどに色鮮やかに想像できる。  新居崎の深いため息で、麻野の意識は現実に引き戻された。 「きみがもし、こいつが大切だから結婚するというのなら、私の求婚を断ることになる。つまり、私を悲しませるんだ。私を悲しませてまでそいつの手を取るのか? きみにとって、私とはその程度の関係性しか築けていないということだなっ!」 「そ、そんなことありません! 先生を悲しませたくないですからっ……って、なんか話が湾曲してません? おかしな方向へ行ってますよっ」 「いいや、湾曲などしていない。こいつと私、どちらを選ぶと言う話だ! さぁ、少女漫画のヒロイン気取りで選んでみろっ」 「いちいち腹立つ言い方しないで下さいよ! 大体、悲しませたくないから選ぶというのは、なんだか結婚の理由としては、違うような気が――」 「どっちでもいい、きみの意見など知るか!」 「結局何が言いたいんですかっ!」
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