第四章

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 屋根の上から、マンションの窓を眺めながら、酒呑童子は組んだ足に肘をのっけてため息をついた。  見るものを魅了する美貌には、不満と不機嫌さがありありと浮かんでいる。  つい今しがた、京都から帰った酒呑童子は、一目散に麻野の元へやってきた。幼いころ、酒呑童子に結婚を申し込み、そのまま許嫁にした娘――麻野。  麻野が成長するまで、酒呑童子は傍で見守ってきた。  祖母と二人での暮らしが中心だった麻野は、共働きの両親とはすれ違いの毎日だった。祖母に心配をかけまいと気丈にふるまい、学校の友達にも明るくつくろって。祖母の家事を手伝うために、小学校からの帰宅は寄り道もなく、友達たちと遊ぶ約束もしていなかった。  麻野は、ただ、みんなに心配をかけたくなくて、笑っていてほしくて、過ごしてきた。  いつの間にか、麻野は他人を優先するような生き方を、無意識に選ぶようになっていた。  そんな麻野を見ているうちに、無性に苛立ってきて。酒呑童子は、様々な人間に扮して、人として、麻野の傍で過ごすようになる。  そして、麻野の十六の誕生日。  酒呑童子は、麻野へ「正式に妻にする」と告げた。もとよりそのつもりだったし、許嫁にすると言い続けてきたのだから、酒呑童子にしては、待ち焦がれていた日でもあった。そして、麻野は迷うことなく酒呑童子の手を取った。  そのあと、しばらくは人間らしく恋人期間を設けたのは、麻野の表情にひっかかりを覚えたからだ。幼いころと同じ、無邪気な笑み。そこには――酒呑童子が望む感情が、見受けられなかった。  麻野は、酒呑童子を大切にしてくれた。同級生たちと比べれば、各段に酒呑童子の存在は麻野のなかで大きかっただろう。  だが、麻野の言う「好き」だという言葉が上滑りしている気がして、好きの種類がお互いに異なることを知った。麻野はすでに気づいていたらしく、懸命に「恋」にしようと頑張っていたようだ。そんな彼女の姿が酒呑童子の胸に突き刺さった。  自分は妖怪、麻野は人間。  寿命も違う、体のつくりだって違うだろう。  麻野は、愛してもいない妖怪と一緒になるよりも、同じ時を歩むことができる人間と、生涯を共にしたほうがよいのではないだろうか、そう、考えるようになった。  そして、酒呑童子から別れを告げた。  望みは、一つ。  麻野が幸せになること。  普通の人間と恋に落ちて、普通の――寂しくはない、自分のことも大切にできる人生を、歩んでほしい。そう思った。  だが、それはなかなか難しく、頭ではわかっていても心が納得できず。  麻野の恋路を邪魔することもしばしば経て、大学で新居崎を見つけた。酒呑童子が人間だったころ、唯一の肉親であった弟の末裔だ。ひと目見てわかったのは、隔世遺伝が強かったせいだろう。
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