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「うるさいぞ、小娘」
風に乗って流れてきた声は耳馴染みのない男性のもの。何かに引っ張られるように後ろを振り向くと、そこには目を見開くほどのイケメンが立っていた。黒髪は陽に照らされて少し青みがかっているように見える。三十代半ばくらいだろうか。
漆黒の着物を身に纏い、その左裾部分には金色の毬が刺繍されている。白と黒が交差された帯締めの中央には黒真珠が飾られ、金帯と相性がいいように思う。
「聞こえなかったのか?」
「まずは自分の名前を名乗ったら?」
思わず皮肉を込めた一言を紡いでしまったけれど、こちらに非はない。なぜなら、瑠奈はもうすぐ二十七歳になる大人で決して小娘ではないからだ。
「この俺に向かってその言葉遣いはなんだ?」
「いやいや、初対面ですし」
「毎日顔を合わせているはずだが」
「はい?」
退職してからというもの毎日顔を合わせている人はいない。この神社は曰く付きだから誰も近付かないし、誰かとすれ違ったことすらない。つまり、彼は怪しい人ということになる。関わらないのが一番、回れ右。
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