見え始めた心の傷

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「朝食を済ませたら直ぐに出かける。手間を取らせるつもりじゃないだろうな?」  朝からこの清々しい笑顔を見せられると憂鬱な一日になりそうで怖い。空席の住人は姿を現さず夕食時と同じメンバーで朝食を摂ることになった。  静寂を取り戻す食堂内には、バァバが作った料理の芳しい香りだけが漂っている。今朝の献立は和らしくご飯にネギと卵のお味噌汁、桜えびの卵焼きにアジの開きだ。アジの皿に大根おろしが添えられているところからして、バァバは人間の料理を勉強しているのだと思う。 「トラ様、今日は一緒に遊べる?」 「戻るのは夕食ギリギリになると思うんだけど、それでも許してもらえるかなイロハ」 「もちろんです! 庭園で追いかけっこがいいな」 「それは面白そうだね。俺も帰りが楽しみだよ」  イロハは長い耳を小刻みに動かして喜びをあらわにしている。確かにここは緑豊かというだけで遊び場と言える場所はないように思う。神社で遊んでいたらしいし、ここでも気兼ねなく遊べるようにしてあげられないものだろうか。
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