見え始めた心の傷

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「瑠奈は掃除をしてくれるそうだから、皆も各自仕事をするように頼んだよ」  はい、と重なる住人たちの声。人望の厚いトラが少しだけ羨ましい。夕食時とは違い朝食時は特に瑠奈に危害も及ばず終了した。一番最初に食べ終わったトラは食器をシンクに置くと瑠奈の元へ戻る。 「じゃあ瑠奈、行ってくる」 「うん、行ってらっしゃい」 「そうじゃないだろ」  食べ終えた食器を片そうとする瑠奈の隣でトラは不満そうな声を漏らした。理解できていない瑠奈は瞬きを繰り返す。 「そうじゃないって?」 「未来の旦那が出かけると言っているのだから、いってらっしゃいのキスくらい……」 「し、しません!」 「つれないね」  トラの空気の読めなささは何とかならないのだろうか。静かだった食堂内に荒波が立ち始めようとしている。トラがいる前では決して攻撃しようとしてこないけれど、一人になった後が恐ろしい。ましてや皆の間でトラとキスでもしようなら即追放だろうからトラの誘いには絶対に乗ってはならない。
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