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「吉田おせぇよ!今日早く帰りたかったのにジョーカーなかったらババ抜きできねぇじゃんよ!!」
部室に入るなり同級生の中本にどやされる。
ここはトランプ部。
簡単に言うと帰宅部になりたい奴が入る部活動だ。
学校の方針で部活動に必ず入部しないといけない決まりがある為、同じ考えを持っていたのであろう先代の先輩が作った部だ。
ルールは簡単。
放課後部室に三人以上集まったらババ抜きをする。
勝ち抜け式で勝ったものから帰っていい。
最後までジョーカーを持っていた者は部室に残り他の部員が来るのを待つ。
制限時間は5時まで。
5時までに部室に来なかったものは休みとみなされ正当な理由がない限り何かしらのペナルティを顧問から与えられる。
全部員と勝負しても最後に負けた者は5時までは部室に留まっていなければいけない。
最後まで負け越しても他の部活動よりかは早く帰ることができるし、何より勝てば最速で帰ることができるのだ。
俺の持っていたジョーカーをトランプに混ぜて軽くきっていく。
既に集まっていた部員達にカードを配りペアを捨てていく。
手持ちのカードは決して多くない。
悪くないと思いながら時計回りにトランプを引いていく。
二週目まではペアがそろう事も少なかったが一人、また一人と抜けていくと急に心もとなくなる。
部室を後にする部員たちに別れの挨拶をして手元に残るトランプを見つめる。
まだ勝機はある。
手元にジョーカーが回ってきさえしなければ負けることはない。
そんなことを考えていると必ずジョーカーは俺の元へと回ってくる。
部活動の一環として勝敗をノートにつけているのだがダントツで負けているのが俺だ。
先代から一番ババ抜きが弱い奴が部長になるというしきたりに従って不名誉な部長職もやらされている。
部長の仕事は多くはないが数か月ごとに行われる部長会議や顧問からの連絡係、戸締りの確認など面倒なものが多い。
手元のトランプを見られないように混ぜる。
ジョーカーが俺の手元に来て勝てる確率は大分低い。
何故かみんな分かっているかのようにジョーカーを避けてトランプを引いていくのだ。
手元から引かれたトランプで最後の一人がペアを机にそろえる。
「じゃあ、すいません。お先に失礼します。」
申し訳なさそうにしながらもそそくさと部室を出て行ってしまう。
一人残された俺は椅子に浅く腰かけ背もたれに頭を乗せ目を瞑った。
その後も何人かの部員がやってきては先に帰って行く。
ダメな日は何回やっても勝ち目がない。
勝敗ノートに目を通すとあと来ていないのは太一だけ。
自分からサボるなと言っておきながら来ないとは薄情な奴だ。
バラバラになったトランプをそろえて机に突っ伏す。
校庭からは運動部の威勢のいい声が聞こえてくる。
現状とは違う光景を想像してみる。
汗だくになってボールを追いかける。
何かの目標に向かって努力する。
チームメイトとぶつかりながらも切磋琢磨する。
全部今の俺には程遠かった。
憧れはするがそんなのは漫画の中だけで十分だ。
必ず報われるわけでもないのに頑張りようがない。
うとうとし始めたころに部室の扉が開かれる音がした。
目をこすりながら頭を持ち上げると最後の一人の部員が目の前に立っていた。
「お前。遅いよ。」
時計に目をやるともう少しで5時になるところだった。
できれば5時を過ぎて顔を合わせずに帰れるのならばそれが一番良かった。
ニコニコとしながら正面の椅子に腰を掛けた太一にトランプを配る。
二人だけのババ抜きはさすがにトランプが多くなる。
ペアを見落とさないようにそろえていく。
「先輩。昨日の答えもらってないんすけど。」
俺からトランプを引くと同時に太一が口にする。
急に本題に入られたようで心臓が跳ねる。
「…お前の事は良い後輩だと思ってるけど…。そういう風に見たことない。」
モゴモゴとしていたが自分の中ではきっぱりと言えたつもりだった。
太一からトランプを引いてそろったペアを捨てる。
太一は黙ったまま俺からトランプを引いた。
お互い黙ったままトランプを引きあった。
ジョーカーは俺の手元にはない。
「俺なんかのどこが好きだっての?」
勝機が見えてきて強気になっていたのかそんなことを口走る。
太一はトランプを引こうとしていた手を戻し口元に笑みを作った。
「吉平先輩が雨の日に猫を拾って…」
「いやいやいや!!捨て猫にあった事ないから!!」
思わず太一の言葉を遮る。
「じゃあ、遅刻しそうな時に出合い頭で…」
「ぶつかった事ないから!!!!」
太一は嬉しそうにクスクスと笑っている。
なんだかその顔を見ていたら質問の答えなどどうでもよくなっていた。
二枚残ったカードを選んでいると太一がおもむろに口を開いた。
「さっきの質問。先輩が勝ったらちゃんと答えますよ。」
もう質問した事すら忘れかけていたが直感で右側のトランプを抜き取る。
見慣れたピエロ。
あざ笑うかのように不気味に笑うピエロと目が合い肩を落とす。
太一も声を押さえることなく笑っている。
トランプを混ぜるよりも早く太一にトランプを引かれる。
俺の手元に残ったのはジョーカー。
また黒星を増やしてしまった。
机の上に散らばるトランプを集めていると5時のアラームが鳴る。
日誌を顧問に届け下駄箱に向かう。
太一も一緒だ。
告白される前から太一と二人きりになるといつもついてきてくれていた。
ただ懐いてくれているだけかと思っていのが好意を寄せられているとは思ってもみなかった。
告白を断ったらもっと気まずくなるものだと思っていた。
確かに前まで何を話していたか思い出せない位には緊張しているが太一があまりにも普通なので沈黙も居心地の悪いものではなかった。
下駄箱で靴を履き替えると玄関で待っていた太一が振り返る。
「先輩。知ってます?嫌いになるのには理由があって、好きになるのには特に理由は必要ないんですよ?」
急な太一の言葉に何を言われているのか瞬時に理解できなかった。
ただ、なるほど。と感心していた。
「漫画の受け売りっすけどね。」
自嘲気味に笑う太一は夕日を浴びてキラキラして見えた。
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