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瘴気立ちこめる魔界の最果て。
魔城ガルザンドに、3時の鐘が鳴り響いた。
おやつの時間である。
「あー、疲れた」
俺は城の廊下を歩きながら背伸びをした。朝からずっと座学だったから体はバキバキだ。ちなみに座学の授業は城の自室で行われている。こう見えて俺は魔王の息子、つまり次期魔王なので、母が手配した特別な個人授業を受けているのだ。いわゆる帝王学ってやつ? よくわからんけど。もちろん座学の他に魔術やら剣術やらの実技もたっぷりある。むしろ全体としてはこっちのほうがメインだ。母曰く「魔王たるもの力で相手を支配できなければならない」。母は俺に人間を支配させたがっているから、そのあたりの教育には余計に力が入っている。
まったく、面倒だぜ。
けれど今はおやつの時間だ。
俺はダイニングに向けて巨大な廊下を歩く。
我が城には伝統的に3時におやつを食べる習慣がある。そのため、この時間は必ず休憩時間になる。しかも母が大のお菓子好きだから、出てくるお菓子は専属の一流パティシエが作る高級品。今頃ダイニングでは母が用意させたお菓子がテーブルに並べられていることだろう。その様子を想像して俺の足取りは軽くなった。疲れた脳と心にとってお菓子は栄養。だから俺は、この時間がわりと好きだった。
やがて俺はダイニングにたどり着いた。
期待しながらその扉を開ける。
「今日のおやつは何かな〜?」
「今日のおやつは人間よ〜!」
入ってすぐ母が言った。
……今なんと?
俺は耳を疑った。
だが、目のほうは母がつかんでいるものを捉えていた。
人間の、女だ。
人間の女が、母に首の後ろをつかまれて、引きつった笑みを浮かべて立っていた。
俺は本や人づてでしか人間を知らないが間違いない。頭にツノがなく、魔人で言うところの黒目の部分が白い。身長は俺のヘソのあたりだから160センチくらいか。年齢は恐らく10歳を少し超えたところ。肩からカバンらしきものを下げている。それにしてもおかしな格好だ。髪が黒いのも珍しい。体は細いし魔力も感じないから勇者ではなさそうだが、いったいなぜこんなところに人間が?
「どうしたんだよ、これ」俺は母に訊ねた。
「ゴアちゃんに食べさせてあげたくってね、ダメ元で召喚してみたらなんかできちゃった」
母はお茶目に笑い、テヘッと舌を出した。
その仕草は年齢的にきついと思うぞ。
いや、というか……。
「なんだそりゃ。いったいどういう原理だよ。人間は召喚できないはずだろ?」
「そうねえ。でもきっと息子を思う母の気持ちが届いたのよ」
「愛で原理がねじ曲げられてたまるか」
「何を言うの。母の愛はすべてに勝るのよ!」
「……」
この手のこの人の価値観に何を言っても無駄なことは知っているので、俺はもはや突っ込まない。話しを変える。
「で、そいつが今日のおやつってわけ?」
「そうよ〜」
「なんでまた急に人間なんか」
「急ってわけじゃないわ。昔から『魔人は人間を食べて一人前』って言うじゃない? だからいつかはこういう機会を作ってあげたいと思っていたのよ。あの忌まわしき日以来、人間狩りができなくなっちゃったからどうしたものかと思っていたんだけれど、無事に確保できてよかったわ。これでゴアちゃんも魔王となるにふさわしい立派な魔人になれるわね」
ちなみに「忌まわしき日」と言うのは魔王である父が勇者に倒された日のことだ。俺は小さかったからよく覚えていないけれど。
「はっはっは。なるほど、そういう事かー。これは母さんに感謝しなくっちゃだなー」
「いいのよ、母の愛は無償なのだから!」
母は満足そうに恍惚とした笑みを浮かべた。
「それじゃあ、さっそく調理してもらいましょう。人間は新鮮なうちに食べなくっちゃね」
「いや、待て」
パティシエを呼ぶ母を制止して、俺は言った。
「初めては生がいい」
「え?」
「だってそうだろう? 調理して食う? そんなお上品な食べ方をこの俺にしろと? 父さんを殺した人間に対して、そんな簡単にことを済ませろとでも? まさか。俺は人間を食う。それも自分のこの手で、なぶって千切って突き刺して、震える体を感じながら泣き叫ぶ声を聞きながら絶望する顔を見ながら、隅から隅までしゃぶって咀嚼して味わってやる。それこそ魔王となるこの俺の初めてにふさわしい。そうだろう?」
思った通り、俺の言葉に母は涙ぐんだ。
「ゴアちゃん、こんなに立派になって……」それから母は涙をふき、「いいでしょう。これはゴアちゃんの好きにするがいいわ。心行くまで味わい尽くしなさい」
「サンキュー母さん。それじゃあ」
俺は人間の女を片手で担ぎ上げた。
「お楽しみは俺の部屋でだ」
まったくとんだ災難だな。
覚悟はできているか、人間。
俺のほうはできている。
人間の女を担いだまま俺はダイニングを出た。
廊下を歩き、自分の部屋へと向かう。
人間はさっきから妙に大人しい。これから食われるっていうのに抵抗ひとつしないなんて、もう諦めの境地に入っているのか? それとも恐怖のあまり何もできないのか。
と思っていたら人間の女はボソッと何か言った。
「あ? 何だって?」
人間の女が今度は聞こえるように言う。
「本当に私を食べる気、ですか?」
その声を聞く限りどうやら恐怖のあまり何もできない、が正解だったようだ。もしかしたら母が何かしたのかもしれないな。
まったく、やれやれだよ。
「さっきはあんなこと言ったけどな」俺は周りに人がいないのを確認してから言った。「俺はおまえを食べる気はない」
人間の女はしばらく黙っていたが、やがておずおずと答えた。
「それ、本当?」
「マジだよマジ。なーにが『人間を食ったら一人前』だ。たしかにそんな考えはあったらしいけどな、遥か昔の話しだぜ。あの女の考え方は古いんだよ。今どき人間を食うやつなんかいねえっつうの。だから少なくとも俺はおまえを殺さねえ。まあ、魔人の言うことなんか信じられないかもしれんがな」
「あの、それなんですけど……。魔人って、あなたは人間じゃないんですか?」
「あなたじゃねえ、ゴアゼルだ」
「ゴ、ゴアゼルさんは人間じゃないんですか?」
「そんなの見ればわかるだろ」
「という事は、そのツノは本物?」
「当たり前だ」
「その目も、コンタクトとか入れているわけじゃない?」
「こんたくとって何だよ。新しく発明された魔法か?」
「いえ、違いますけど……。っていうか、この世界にはやっぱり魔法があるんですね」
「おまえなあ、頭でも打ったのか?」
「おまえじゃなくて、シキシマミユです」
「頭大丈夫か、シキシマミュ?」
「ミュじゃなくてミユです」
「言いづらい名前だな。ミユだけでいいか」
「……勝手にしてください」
「それでミユ。頭がヤバイなら回復魔法でもかけてやろうか?」
「それでこの夢から覚めるのなら」
「残念ながら無理だな。これは夢じゃねえから」
「やっぱり夢じゃないのぉ……。いったいどうなってるのよコレ」
「いきなり魔界に飛ばされて混乱しているのか。まあ来ちまったもんは仕方がない。諦めて受け入れるんだな」
「魔法の力でぱぱっと元の世界に戻せちゃったりしません?」
「残念ながらそれも無理だ。そんな魔法は存在しない」
「じゃあ私はこれからどうすれば……。っていうか、ゴアゼルさんは私をどうする気なんです?」
「それはこれから話す。とりあえず俺の部屋だ」
「ま、まさか、いやらしい事を……!?」
「血の池に放り込むぞ」
なんて言っているあいだに俺の部屋に着いた。
扉を開けて中に入り、担いでいたミユを下ろす。
「ここがゴアゼルさんの部屋?」
ミユはきょろきょろと周囲を見てから言った。
「なんか、小人になったみたい」
たしかに人間であるミユのサイズからしたら部屋の家具はどれも巨大だ。そんなちんちくりんじゃ椅子に座るのも大変そうだな。
なんてのんびり分析している暇はない。
ここからが本題だ。
「おい、話しの続きだ」と俺は言った。
「いやらしい話しの続き?」
「血の池に放り込む話しの続きをしてやろうか」
「ごめんなさい、本来の話しの続きをしてください」
妙な度胸を発揮してんじゃねえよ。
俺は気を取り直して言う。
「俺がおまえをどうするかって話しだが、俺はどうする気もない。ここから出て行きたければ勝手に出て行け」
「えっと……」ミユは困ったように言う。
「なんだ、不服か?」
「いや、だって……。ここがどこかすらわからないのに出て行けって言われても……」
「まあ、そうだろうな」
俺はため息をついた。そもそもこんな非力な人間が、魔界の最果てであるここから人間界に戻れるとは思えない。険しい道のりで動けなくなる以前に、魔獣にやられて終わりそうだ。
仕方がねえなあ。
「じゃあ、俺と一緒に行くか?」
ミユはきょとんとした。
「一緒にって、誰と誰が?」
「俺とおまえが」
「行くってどこに?」
「さあ。少なくともここではないところだ」
「助けてくれるってこと?」
「ちげーよ。俺は俺のしたいことをしにここを出るだけだ。それについてきたければ勝手にしていいぜって、そう言っているだけだぜ」
やれやれ。
ミユはよくわからないという顔をしているので、俺は少し自分の話しをすることにした。
「言っただろう? 俺の母さんの考え方は古いんだよ。相変わらず魔王が人間を支配すべきだとか言ってんだぜ? しかもその願望を俺に押し付けてきやがる。やりたきゃ自分が魔王なって勝手にやれっての。だけどこれまた古い考えのおかげで、魔王は男に決まっているときやがるんだから始末に負えねえ。魔王となり人間を支配するのは、息子であるこの俺以外にありえないんだとさ。まったく、いやになるぜ。俺はそんなことしたくねえっつうの、めんどくせえ。それに加えて今回の件だよ。一人前になるために人間を食べろだあ? はっきり言って引いたね。どん引きだよ。これまであいつの言うことは表面上聞いてきたけど、いい加減我慢の限界だ。俺はこの城を出る。これ以上くだらねえ伝統とやらに付き合ってられるか!」
「そ、そっか。魔王の息子って言うのも大変なんだね? それで、えーっと。つまり、家出するから一緒にどう? と、そういうこと?」
「まあ、そんなとこ」俺は苦笑した。
「……あの、失礼かもしれませんが、ゴアゼルさんっておいくつなんですか?」
「なんで今そんな事聞くんだ。14だよ」
「と、年下ぁ!?」
「は?」
「私、16歳」
「……」
種族の違いってすげえな。
これで年上かよ。
「私の事はミユお姉ちゃんって呼んでいいよっ」
「…………」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
「……で、ミユお姉ちゃんはついて来る気あんの?」
言葉遣いとは裏腹に俺は真剣に訊ねた。
「っていうか、選択の余地なんてないじゃん」
「つまり?」
「行く。どうか私を家出のお供にしてください!」
「決まりだな」
俺はにやりと笑ってみせた。
「そうと決まれば、こんな城とはさっさとおさらばだ」
服装と荷物を整え、俺は旅の準備を終えた。問題はミユだ。その格好はどう考えても旅には適していないが、代わりになるものがないから仕方がない。そのままで行くしかないな。
「そのカバンは持っていくのか?」俺はミユの持っていたカバンを見て言う。
「置いていったほうがいい?」
「何が入っているのか知らないが、必要のないものは置いていけ」
「わかった」
ミユはカバンを開けた。かと思うと「あー!」と声をあげた。
「どうしたんだようるせえな」
「おやつにしようと買っておいたお菓子が、ちょっと潰れてる……」
「……」
知らんがな。
それにしても妙なお菓子だな。
透明な袋に包まれていてよくわからんが、うまいのか?
そう言えば俺、今日はまだおやつを食べていないんだよな。
……。
「早く準備しろ」
ツバを飲み込んでから俺は言った。
ほどなくして準備は完了。
「行くぞ」
俺が言うとミユがうなずく。
家出ミッション、スタート。
扉を開けて周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから部屋を出る。そのあとをミユがちょこちょことついてくる。なんだか小さい子どもを連れて歩いているような、変な気分だ。
「ねえ、この城って簡単に出られるものなの?」とミユが訊ねてきた。「なんか見張りとかいそうだけど」
「もちろんいるさ。全盛期に比べたら全然少ないらしいけどな」
「じゃあどうやって? 見つかったらまずいでしょう?」
「ぶっ飛ばしていけばいい」
「マジ?」
「冗談だ。まあ、ザコだけならそれで行けるんだけどな。母さんに見つかったら面倒だし、隠し通路を使う」
「そんなのあるんだ」
「まあね。隠し通路は父さんの書斎だ。まずはそこに向かうぞ」
俺たちは注意しながら先に進んだ。幸い誰とも遭遇せず順調にことは運び、やがて俺たちは書斎にたどり着いた。
「この部屋だ」
扉に鍵はかかっているが、これくらいは鍵開けの魔法で開けられる。俺は魔法を使って鍵を解除し扉を開けて中に入った。ミユがあとに続く。
隠し通路は、部屋の奥の本棚に隠されている。
俺たちは書斎を横切っていった。
と、そのときだった。
「ここで何をしているのかしら、ゴアちゃん?」
その声に振り向くと、書斎の扉の前にいつの間にか母が立っていた。
すべてを包み込むような、満面の笑み。
「ヒッ」という小さな悲鳴がミユの口からこぼれる。
まったく。
俺は思わず舌打ちをしそうになった。
一番見つかりたくないヤツに、一番に見つかってしまうとは。
「それはおやつの人間よねえ?」と母が言った。「どうしてまだ食べてないのかしら? もうおやつの時間も終わる頃だって言うのにねえ。しかもその格好。まるで人間を逃がすために一緒に行動しているみたいじゃない? おかしいわ。おかしいわねえ。いったいどういうつもりなのかしら?」
まずい、どうする。
どうやってこの場を切り抜ける?
母の力は強大だ。伝統的に魔王の座につかないというだけで、その座についてもおかしくないだけの力は備えている。この俺でも正面から戦ったら勝てないくらいだ。だから戦うという選択肢はない。ならば逃げるのが妥当だが、ミユと一緒となるとそれも難しいだろう。逆に言うと、ミユを見捨てれば俺ひとりはなんとかなるのだろうが……。
俺はミユを見た。
小さな人間の女を。
俺がこいつを見捨てたら、こいつはたぶん殺されるだろうな。
まったく、どうしてこんなことになったのやら。
母の掲げる思想に染まり、父を殺した人間を憎んでいれば、今頃俺はこの人間を食っていたはずなのに。
3時のおやつとして。
おやつ、か。
……。
そうだ。
イチかバチか、やってみるか。
「おい人間。そのカバンをよこせ」俺はミユに言った。
「え?」
「いいからよこせ」
ミユは黙って言う通りにした。ミユのカバンを受け取った俺は、特殊な構造のそのカバンを見よう見まねでなんとか開ける。
そしてカバンの中からある物を取り出した。
ミユのカバンに最初から入っていたそれを、俺は母に手渡す。
「なんだ、これは?」母が訊ねた。
「おい人間、説明しろ」
「え? あっ、えっと」ミユは戸惑いながらも言う。「どら焼きです。どら焼きの抹茶&ホイップ」
「ドヤラキ?」
「つまりだな」俺は補足説明をする。「それは人間のお菓子だ」
ミユがどこかで買ったらしいおやつ。
俺はそいつを母に勧める。
「食べてみるといい」
「ふうん」
母は怪訝な顔をしつつも興味を覚えたようだ。
ちまちまと指先で包装を破き、一口でパクリと食べる。
その瞬間、表情が驚きに変わった。
「何これ、おいしいじゃない!」
文字通り、食いついた。
母は大のお菓子好きだ。
お菓子に目がない、と言ってもいい。
思っていた通り、これが突破口になるかもしれない。
「知らないお菓子だけれど、どこでこんな物を?」母が訊ねる。
「おい人間、説明しろ」
「どこでって……。えっと、コンビニ?」
「コンビニ……。聞いたことのない場所ね。それは国なのかしら?」
「それだよ、母さん」
ミユが何か答えそうになったところに、俺は割って入った。
でまかせで誤摩化すならここしかない。
俺の直感がそう告げている!
「コンビニというのはお菓子の国らしいんだ」と俺は言った。「そこでは珍しくておいしいお菓子が次々と開発されている。だけどその存在は、ほんの一握りの人間だけしか知らない。お菓子に精通している母さんですら知らなかったんだから、その秘匿性は相当なものだろう。しかしそのコンビニの場所をだよ、この人間は知っているって言うんだ。そこで俺たちは取引をした。こいつはコンビニの場所を教える代わりに、俺はこいつを食わないでやる。そういう取引だ。そういうわけだから俺たちは、今からコンビニへ向けて出発するところだったのさ。まだ見ぬコンビニスイーツを手に入れるためにね」
「そ、そうだったの。でもそれならそうと言ってくれればよかったのに、どうして黙って行くようなマネを……?」
「人間と取引したなんて聞いたら母さんは怒ると思ったんだ。それに、コンビニに行っておいしいお菓子をたくさん持って帰って来たら、母さん、喜ぶんじゃないかって思って……。だから、その、日頃の感謝を込めたサプライズってやつ? それをやってやりたかったんだ。本当に、それだけなんだよ」
俺は恥ずかしそうに言った。
っていうか、実際恥ずかしかった。
しかしその表情の効果は、ちゃんとあったらしかった。
「ゴアちゃん……」
うわあ。
この人、感動しちゃってるよ。
溢れ出る涙をふきながら母は続けた。
「なんて親孝行な子! 人間なんか食べなくっても、ゴアちゃんはもう、立派な魔人だったのね。そうね。かわいい子には旅をさせろとも言うしね。そろそろゴアちゃんも、外の世界を見るときが来たのかもしれないわね……。いいわ。お行きなさい。その代わり必ず無事に帰ってくるのよ。あなたはこの城の魔王になる男なのだから」
「サンキュー母さん」
なんか似たようなやり取りをさっきもしたような……。
まあいいや。
何から何までめちゃくちゃだが、とにかく誤摩化しは成功したらしい。
親ばかのせいでひどい目にあっている俺だが、今回ばかりは親ばかのせいで助かったぜ。
「あっ、そうそう」と母が言った。「コンビニの場所がわかったらすぐに連絡してね。運搬部隊を送るから荷台いっぱいにお菓子を詰めて持って帰ること。あとお菓子はもっと大きくしてもらってちょうだい。人間のサイズじゃちょっと物足りないわ。それとうちのパティシエに再現させたいからできることならレシピも聞いてきて。もしもこっちで手に入らない材料があるのならそれも持ち帰ってちょうだい。いいわね?」
「……はい」
何はともあれ、こうして家出の許可は下りたのだった。
母や臣下に見送られて、俺は城門を出た。
隣にはもちろん人間のミユ。
「よくもまあ、あんなウソを……」とミユが言った。
「いいじゃねえか。無事に城を出られたんだからよ」と俺。
「まあ、それはそうね。ありがとう」
正面から言われると少しこそばゆいな。
しかし……。
「どうでもいいが安心している暇はないと思うぞ。なんて言ったってここは魔界の最果て。おまえみたいな人間の生きていける場所じゃねえんだからな」
「マジ……?」
「マジだよ。おっそろしい魔獣がわんさか出るんだぜ」
ミユは縮み上がり、俺に一歩近よってから不安そうに周囲を警戒し始めた。
その様子はどう考えても小動物。
完全に食われる側だ。
まあ、ミユのおかげで正式に城を出られたとも言えるし、少しくらいは手助けしてやるか。
「そういや聞いてなかったけど、おまえってどこから来たんだ?」
「えーっと……。ニホン、かな?」
「ニホン? 知らねえなあ……」
「ですよねー」
「でもまあ、せっかく自由の身になったんだ。とりあえずそのニホンとやらを目的地にしてもいいかもな」
俺は軽い気持ちでそう言った。
ここは魔界の最果ての地。
空は瘴気で覆われ、大地はごつごつとした岩肌で覆われていた。
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