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名前のない物語の始まり
「暑い…」
暑苦しさに目を覚ます。
まだ春先の涼しい季節だが、冬用から取り替えていない毛布が俺を睡眠を妨げる。いつもの目覚め方、そろそろ薄手のものに取り替えるべきなのだろう。
「今何時だ?」
手元の時計を眺める。朝の五時三十四分、これもいつもと同じ時間。学校に行く為の電車の時間は八時過ぎ、俺はのんびりと支度を始めることにした。
朝のシャワーを浴びているとチャイムの音が聞こえてきた。この時間だ、誰が来たのかは予想が付く。ガチャリ、と玄関のドアの開閉音。
「今日も朝からシャワー?」
聞き慣れた声、女子にしては少し低めのゆったりとしたこの声は
「蓮、来る前に電話でもメッセージでもいいから入れろと言ってるだろ」
樫谷蓮、小学生からの幼馴染であり、現在は学校は違えど一人暮らしの俺を心配して朝晩の食事の支度をしに来てくれる。
「君の風呂上がりの姿は眼福だからこっそり来たよ」
俺をからかう意地の悪そうな声。
いつもの事だがやはり少しは戸惑ってしまう。だから今日は少し仕返しをしてやろう。
「なら入ってきて一緒に浴びて行ったらどうだ?幼馴染なんだそれくらい平気だろ?」
「いいの?じゃあお邪魔して」
扉一枚向こうで布の擦れる音がする。
本気で入るつもりなのだろうか
「ちょっと待て、冗談だ服を着ろ」
焦って制止する。
「冗談だよ。服、忘れてたからここに置いとくね」
どうやら本気ではなかったらしい。心臓に悪いからやめて欲しい。
昔からそう、蓮の方が一枚上手で結局はからかわれてしまう。
風呂から出るとふわりと朝ご飯の香りが漂ってくる。そう言えば昨日はバイトが忙しくて何も食べていなかったと、そう思い出すと急に空腹が主張し始めた。
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