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幽霊教習所
「この度は当幽霊教習所へようこそ。まっ、ここに来ちゃったってことは、皆さんは死んじゃったけど成仏出来なかった人たちってことになりますけど、まっ、ピンチはチャンスと捉えて、立派な幽霊目指して頑張っていきましょう、ってことでどうぞよろしくです」
蒼白い顔した教官が、ビジネスライクな挨拶をかましてきた。
僕は何が起きたのかさっぱりわからず、ボケッと聞いていた。
だって、気付いたらこの教室の席に座っていたのだ。
周りを見ると、全ての席に老若男女問わず、様々な種類の人間が座っていた。
うわっ、右斜め前に座ってるおっさん、頭から血が出てるんですけど。
うわっ、左斜め前に座ってる女の子、首にめっちゃ紫の跡が付いてるんですけど。
なんだこの人たちやべぇな……。
「はい、そこのキミ。キョロキョロしてるけど、ちゃんと先生の話聞いてる?」
「……えっ? 僕?」
「そう、僕よ。何か気になる事でもあるのですか?」
「あ、はぁ、なんかこう、この生徒? さんたち、怪我してる人ばかりっていうか何て言うか……」
「ああ、それね。安心して下さい。キミも結構なもんですから。ほら、左手ブランブランじゃないの」
「えっ……」
と、僕は自分の左手に目をやった。
うわっ、ブランブラン。
試しに動かそうとしても、ブランブランとしかならない。
「まあ、周りの人の事もキミ自身の事も気にしすぎないで下さいね。成仏しないで幽霊になちゃったって事は、死を受け入れる暇も無く死んじゃったってことで、つまり事故とか事件に巻き込まれて死んじゃったって事が多いわけですからね。そうなると見た目はちょっとうわっって感じになりがちですから。まっ、幽霊なんてうわっと思わせたもん勝ちなとこもあるんで、就職に有利になるって思ってもらえればいいんじゃないでしょーか」
先生の言葉に、他の生徒たちは「はーい」と従順に答えている。
僕も、まだモヤモヤしているなりにとりあえず「はーい」と周りに合わせた。
なんせ、長いものに巻かれて生きてきたタイプだから……って、そうだ思い出した。
僕、バイト先の工場で何かの機械に巻き込まれて死んじゃったんだ。
それから僕は、毎日マジメに教習所に通った。
幽霊教習所は、自動車のやつと同じように学科と技能を並行して学ぶ。
学科では、幽霊としての心構えや、人間を脅かすにあたっての注意事項、禁止行為などを学び、技能では色々な種類の脅かし方、恨めしやする際のひじの角度、心霊写真に映る時の表情などを教官から手取足取り指導してもらう。
そして、なんとか技能検定と仮免学科試験をパスし、ついに実際に人間界に行って驚かしてみる教習──つまり<路上教習>を受けられるようになった。
学科教習で知ったのだが、成仏出来なかった幽霊は人間界に化けて出て誰かを驚かす事で<バケール>という幽霊界のお金のようなものを貰う事ができるらしい。
そして、バケールを沢山稼いである程度貯まると、それを使って成仏できるという仕組みだとか。
要するに、早く幽霊やめて人間として生き返りたかったら、人間を脅かしまくって金稼げって事だ。
「はーい、じゃあ人間界に行ってみようか」
今回、僕の担当を務める教官がマンガを読みながら面倒くさそうに言った
この教習所は、教官ごとのやる気の幅がエグくて、熱血指導なのもいれば、この人みたいに片手間にやってる人など当たり外れが激しい。
まあ、どっちがあたりでどっちがハズレなのかは正直分からないけども。
ってことで、僕は人間界に行くために念じ始めた。
念じるって言っても、行きたい場所を頭の中で強く思い浮かべるだけである。
幽霊に備わる便利な能力の1つだ。
そして僕は、一番行きたい場所の風景を強く思い浮かべた……。
スーッ。
気付くと、目の前に見慣れた学校。
真夜中なので当然窓に明かりは無い……と、思いきや。
校舎3階の真ん中あたりの窓に、動く明かりが見えた。
「なんだこんな時間に……」
と、呟きながら、僕は明かりの見えた辺りに意識を集中させた。
スーッ。
気付くと、学校の廊下に立っていた。
そして、目の前には懐中電灯の明かり。
「キャッ、出た!」
僕の顔を明かりが照らすと、女の子の驚く声が聞こえた。
これで10バケールゲット。
まあ、それは実際に働き出してからの話だが。
僕はさらに貪欲に脅しにかかる。
「ウウウウ、だすげでぐれ~、だずげでぐれ~」
技能教習で学んだそれっぽい声でうなり声をあげる。
「ひぃぃぃぃ! ……って、あれ? お兄ちゃん?」
「……えっ? ユイ?」
なんてこった。
よく見ると、その子は妹のユイだった。
幽霊憲章第7条……知り合いに化けて出る事は許されているが、バレてしまったら罰金。
まあ、それは実際に働き出してからの話だが、教習中におかした規則違反は減点対象なのでなんとしても避けたい。
僕はできる限り思いきり顔を歪ませながら、
「ごろじでやる~、ごろじでやるぞぉ~」
と恐ろしい言葉を並べて脅かすことでごまかそうとした。
しかし……。
「なに言ってんのお兄ちゃん。ってか、事故で死んじゃったはずなのに……」
ユイは完全に僕が僕だと気付いてしまっている。
「お兄ちゃんってなんですのぉ……うらめしや~ぐるじ~ぐるじ~だずげでぐれ~」
「あはは、ウケる」
「いやウケてる場合じゃないから……うらめししや~」
「あっ、噛んだ」
「うっせえ! 調子狂うなもう!」
「あっ、普通に喋った。やっぱりお兄ちゃんじゃん」
「えっ、あっ……もうしょうがない……いいか良く聞けぇ~……お兄ちゃんは死んじゃったけどぉ~……向こうで元気にやってるがら~……」
僕はなんとか脅かす体裁を保ちつつ、意志を伝えようとした。
「ああ、そういうこと」
「飲み込みはやっ! ……って……う~……わがっだが小娘ぇ~……」
「うん。何か、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで安心したよ。不器用っていうか、ドジっていうか。だから事故って死んじゃうんだよ、まったくもう」
「そうだね迷惑かけてごめんね~……って……うらめしや~……オマエは絶対事故ったりするんじゃねぇしや~……」
「うん。さすがに自分の子供が2人も死んじゃったらママとパパもキツいだろうからね。お兄ちゃん1人だったからもうケロッとしてるし」
「そうかそうか……って……うらめしや~……結構ショックなんですけどしや~……」
「ふふふ、じょーだんじょーだん。あっ、いけない、肝試し中なのいま。友達待ってるから行かなきゃ」
「りょーかいしや~……みんなによろしくしや~……」
「うん。死んだけど元気でやってるみたいって言っとくよ」
「ありがとしや~……じゃあ、帰るしや~……また出るかもしや~」
「うん。またねお兄ちゃん!」
と、手を振る妹に見送られて、僕は人間界を後にした。
スーッ。
気付くと、目の前に教官が立っていた。
「……はい、補修決定。1週間毎日居残り2時間ね」
「……えっ? 厳しくないですか?」
「厳しくない。あんなバレバレじゃ」
「そんなぁ、毎日居残り2時間って……うらめしや~」
「うるさい」
〈了〉
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