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世界の中心で愛を叫びたかった
水波美祈という人間がいる。彼女を一言で言い表すならば、マイペース。またはのんびり屋といったところだろう。
小さな頃からずっと何をするにも周りから遅れたり少しズレてたりと、周りからすれば天然らしいが本人はそれを少なからず遺憾に思っている。
確かに一年の体育祭のクラス対抗リレーでバトンではなくハチマキを次の人に渡したり、小学校の音楽の授業でずっとリコーダーの袋だけを持ってきたりしていたが、大したことではないはずだ。リコーダーの件で言えば、リコーダーだけ抜け落ちて家に置きっぱなしになっていただけだ。本当だ。
しかし自分が周りと少しだけ違うということもほんのちょっと、頭の片隅だけではもしかしたらなんてことを思っているのも事実。それで厨二病を発症しかけたのはまた別のお話。
そんなマイペースでズレてて、塩コショウ程度に厨二病を発症した美祈も既に社会に出て丸六年。
社会に出た当時は初々しく酒を飲んだものだが、今はああぁ、と濁点が着きそうな太い声をあげるようになった。
美祈が一番好きな酒はストゼロ、レモンとか味がついたやつではなく普通のやつ。その次はビール。
美祈の家はお金に飢えていた。貧困状態である。それだから大学や専門学校なんかに行くお金だってあるはずもなく、美祈が描いたキャンパスライフは花を咲かせずに終えた。さよなら、愛しいキャンパスライフ。
就職活動の際、どうしても譲れなかったのが本に関わるような仕事をしたい、ということだった。昔から、というほど昔ではないのだが美祈はそのころ本を読むことが好きだった。
その時の担任の先生に聞いてみると、インクを作るところや紙を作るところ、そして印刷業などが先生の口から挙げられた。美祈は印刷業というものになんとなくの憧れを抱き、そのまま就職した。
給料も高卒ということでそこまで高くないが、本が出来上がる前に関われることが嬉しいと思った。営業に連れていかれる時もあって、その時ばかりは命の危機を感じ取った。それが顔に出ていたのか、その時の上司に鼻先をデコピンで弾かれた記憶がある。
もちろん印刷業なんて名前なのだから本以外のものも作ったりする。それ含め、美祈はその仕事を割と気に入っていた。
しかし、しかしだ。前述の通り美祈はマイペース兼ズレている。あれだけやりたいと思った印刷業も今は辞めてしまった。
理由は何も、営業したくねーとか、本なんて真平だぜとかスタイリッシュなものではない。今でも本は大好きだ。
では今は無職でニートなのか? と思われるかもしれない。こんなマイペースでほっといたら同じものばかり食べて過ごしていそうなやつだから、そう思われても仕方ない。
だが違う。以前本を作る仕事をしていた美祈だが、今でもそういう仕事をしている。むしろもっと密接に、本を一から作る仕事をしている。そう、小説家である。
こんなマイペースな美祈だが、趣味で始めた執筆は意外と板についていて集中力もあるものだから書くこと自体は苦ではないのである。
友人に自分が書いた本を見せても、驚かれるばかりである。そんな時はいつもドヤ顔を心の中でしているが顔にも出てきてしまう。注意されれば止められるのだが。ドヤァ!
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