世界の中心で愛を叫びたかった

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 さてさて、そんな順風満帆な人生を送っているように見える美祈だが、つい先日付き合っていた彼氏に振られた。もうすぐ一年というところで向こうから言い出してきたのである。  落ち込んでいるのは言わずとも伝わると思うが、ここ数日は何も書かずひたすら酒をちびちび啜っている。  きみのマイペースなところにはついていけないってなんだよ! 引っ張っていけよチンパンジーが! なんて悪態を小声で呟くのも既に一週間である。  世界の中心で愛を叫びたかったのに、今は世界の中心で憎しみを吐き出しそうだ。おえぇ。  月曜日の十二時ピッタリ、この仕事を初めてから曜日感覚とかはなくなってきた感じがするが振られてからは一秒一秒を事細かに感じるようになった。恋愛ってすげーと他人行儀に思ってみても辛いのは自分だった。  いっそこの辛いのをあの男の口に詰め込んで窒息させてやりたいが、もうどこにいるのかもわからないしわかりたくなかった。  酒を体に注入しようとして、やめた。さすがにずっとこのままはやばい。なんせ締切が近いのだ。この生活は悪くないが心も病んでしまうのでは意味がない。担当編集者にドアを蹴破られたくはない。  ようやく人間らしいことをしようと思って洗濯をした。ゴミ出しだけは子供のころからずっと無意識的にやっているから問題ないとして、溜まった埃を掃除していこう。  たっぷり三十分かけて掃除を済ませ、その後洗濯機からお知らせをいただき洗濯物を干した。 「ふー」  なんて爽やかな一日だろうって、そんなわけあるか。  一人芝居。そうでもしてなきゃやってらんない。誰か洗濯できてすごいと褒めてくれないかと思ったので、同業者に便利ツールのラインでメッセージを飛ばしてみた。  すると、ゴキブリを倒したと報告がきて、褒めてと言われたのでスタンプを押しといた。クマや兎の、無料で貰えるやつ。 「ふぃー」  さて、ひと仕事終えたらお腹が空いてきたなと、酒ではお腹が膨れないことを思い知る。その場しのぎの関係だったのね。  何かお昼を作ろうと思いまずは身支度。寝癖を直し、服を着替える。ちょこっとだけ化粧をして終わり。なーに、男に会いに行くわけでもないのだからこのくらいでいいっしょの精神は昔から変わらない。むしろ化粧までしたのだからすごいだろうとご自慢の胸を突き出したい。  家から歩いて約十分ほどのスーパーにやってきた。そこそこ規模が大きく、品揃えもここらじゃ一番だと美祈の調査でわかっている。昼間からそんなにたくさん食べるわけではない。  無論買い出しである。あまり買いだめとかはできるたちではないが、明日の分までは管理する脳をちゃんと美祈だって持っているのだ。  昼は既に決めているから、夜は何を食べようかな、そしてそれを明日に繋げられるかなとかなんとか。そんなことを考えていても美祈の頭の中では書きかけの小説のことがチラチラと自身の存在をアピールしてくる。  人生最大の厄日から一週間。さすがに人生最大は言い過ぎかもしれないが今のところは最大ということになっている。  ともかく、美祈が自堕落を繰り返してから担当編集者からの電話もメールも何も返していない。恐らくは原稿の催促。  本を一から作ると言っても、作る側はやはり大変だなとしみじみ思う。
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