世界の中心で愛を叫びたかった

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 小説家になったのは、やはり憧れが一番だろう。こんなぼやっとした顔をしている美祈でもそういう強い感情を抱くのだと、自分でも驚きだ。  しかし今は、憧れよりも先に書かねば、という強迫観念に追われる。そんなもの吹っ飛ばして酒を飲もう。  昼は米を炊き、その上に何かあるものをぶっかけるだけの簡単底辺飯を作る気でいるので、主に買うのは今日の夜、そして明日からの食材たちである。  カートを押して行くのは三十代からだと固く誓っているので、カゴを腕にかけて店中を歩き回り、腕が赤くなるころに買い物を終了した。若さの秘訣は買い物かご。  缶詰めやら野菜やら、あとは安売りの肉。酒はストックがあったから多分平気。  美祈は本屋をうろちょろするのが一つの趣味である。例え欲しいものがなくても、本屋や図書館を歩き回るのが好きだ。  だが一番好きなのは、大きいデパートに入っている普通サイズの本屋さん。奇跡的な出会いを果たしたような気分になるし、自分の本が売られているとやはりドヤ顔を決めたくなる。  自分の本を手に取って買っていってくれる人がいると、やはり嬉しいものだ。それをバネに美祈は頑張っているのだ。みんなの応援が私の燃料だよ、にっこり。  とかなんとか言って、結局美味しいご飯と酒があればなんとかなる。と、自分のインタビューが載っている雑誌を見ながら思った。  その雑誌をサラダボウルのような買い物かごに入れ、レジを済ませて外に出た。  こういった雑誌や、本を出版する時、自分の顔を出したほうがいいのかとか考える。編集者にも出せばいいのにと言われるが、やはり誰も得をしないと美祈は考えるわけだ。  他の作家さんなんかは割と顔を出している人が多いが、自分の美しいわけでもないお顔が世間の目に晒されるのは抵抗がある。  雑誌を最後に買い物かごに入れ、お会計を済ませスーパーを出た。すると、鼻腔を刺激する素晴らしいかほりが漂っていることに今更気づいた。かほり。  焼き鳥だ。スーパー前にいる移動販売の焼き鳥屋である。  こいつらはなかなか手強い、と美祈の頭の中では強い認定されている者だ。これからお昼ご飯だというのにも関わらず、甘い蜜の香りに誘われる虫のように美祈を誘い込んでしまう。  そして気づくと、美祈の手には焼き鳥の入った袋。やってしまった、なんて後悔はない。むしろ貪り尽くしてやろうという気で満々だ。  家に帰ると、とりあえず買ったものを諸々冷蔵庫の餌として分け与える。お腹空いたよね、私も。  冷蔵庫に話しかけている間に即座に部屋着に着替える。手を洗い、昼ごはんの準備だ。  まずは冷凍のご飯をレンジでチン。それをどんぶりに入れ、冷蔵庫を眺める。悩んだ末に取り出したものは、スライスチーズにバター、醤油、かつお節。卵も入れようかと思ったけどカロリーを控えなければと使命感を感じた。  それらを全てご飯の上に乗せて再びチン。出来上がったのは、一人暮らしの底辺飯。命名はこの前これを振舞った女の子が好きな友達。色々乗ってるから贅沢だろうと言い張る。  焼き鳥は夜のツマミとして使えるので残しておこう。  早々にお昼ご飯を食べた美祈。まぁ、見た目通り味はなんかすごいことになっているのはわかり切っていた。美祈が好きな綾鷹でそれら全て、ごちゃ混ぜになった感情と一緒に流し込んだ。  
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