間幕

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間幕

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを覗いているのだ、という言葉がある。何やら意味深な言葉だが、その言葉が本当なら、と美祈は夜闇を歩いた。  頭を覚醒させる薬、じゃなくて飲み物の買い出しにいくのだ。そのついでに酒のつまみも。  向かうのはコンビニ、それも家の近くにある二つのうち近い方。もう一つは信号を渡らなくては行けないのが億劫なため一度しかお世話になっていない。  五分も歩かないような距離にある件のコンビニに着くと、美祈はある決心をつける。  店員に目を合わせお礼を言うこと。いつもぺこりと一礼はするが目も合わせずにそそくさと出ていってしまうから。  しかし美祈は生まれながらか、後天的に身につけたのか知らないがコミュ障だ。初対面の人と目を合わせるなんて怖い。  もう一つの理由は、コンビニ上級者になりたいから。ちょっとイタズラ好きな友達が言っていたことで、店員さんと仲良くなれたら上級者なのだと。  そこで、だ。先程の言葉、深淵をなんたらかんたら。それを言い換えればコミュ障対コミュ障が生まれる。  つまり、客が店員に対しコミュ障を発動する時、店員もまたコミュ障を発揮するのだ。  我ながら真理を開けたなと胸を逸らして鼻を鳴らし自己満足に浸る。 「いらっしゃせー」  二十四時間営業のコンビニに入ると、大学生とおぼしき店員の適当な挨拶が聞こえた。  モンスターとしょっぱい系、あとはきのこの山とたけのこの里。未だにどちらかを決めることができないのは美祈だけなのだろうか。  わずかな時間で取り揃えた品々をレジに持っていき、早い手つきでそれをさばく店員に目を合わせる。お金を払い、予定通りありがとうございます、と言う。  しかしあっ、あっ、と詰まった果てにどうもと言い換えてその場を離れる。  言えた言えた、ちゃんとありがとうございますって言えた。調子よく心の中で自分を褒めて満足するのもつかの間、店員の方から声が聞こえてきた。 「よくここ来ますよね、家近いんですか?」  一瞬、自分のことを言われたのに気づかなかった。あぁ、私に言ってるんだと気づくと一気に頭が白くなるのを感じた。 「ま、まあまあ、ですね、めっちゃ近いっす」  今まあまあって言ったらじゃん、しかし出ていった言葉たちは戻って来てはくれなかった。  その後、店員はコミュ障ではないんだと分かった美祈はどんよりとした気持ちで帰った。そしてそれから、そのコンビニに美祈が来ることはなかった。
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