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俺のアトリエはマンションの一室を使っている。
普通は郊外に一軒家というのが画家の目標になっているのかもしれない。
けれど、ああいう自然の中は情報量が多すぎてとてもじゃないが長期間過ごせるとは思わなかった。
まともに、電車にも乗れないことが多い人間が街中にいることも可笑しいとは思うが、それでもよほどマシなのだ。
「彼は帰ったのか?」
勝手知ったると言った感じで、幼馴染が部屋に入ってくる。
「ああ、さっき帰ったよ。」
俺が言うと、あいつは「ふーん。」と答えた。
「彼も共感覚持ちだったよ。」
すでに彼に興味の無くなっていた幼馴染にそう言うと、持っていたものを落とした。
舞い散るという事は何か書類だろうか。
「は?お前何言ってるんだ?」
「あはは、彼もそんな反応だったよ。
結局意味がよく理解できないで帰っていった。」
幼馴染はすごい表情で俺を睨み付けていた。
「俺もね、興奮しすぎちゃって上手く説明できなかった。」
だって、嬉しかったのだ。俺と同じ世界が見えていることが。
「俺の見た限り彼は普通だった。
普通に事務所に一人で訪ねてこれたし、俺に対しての受け答えも普通だった。お前の勘違いじゃないのか?
少なくとも視覚に対する共感覚者の反応じゃなかったぞ。」
まるで言い聞かせる様に言う幼馴染が少しおかしかった。
「カドミウムレッド。」
「は?突然なんだ?絵の具のストックが切れたのか?」
「違うよ。」
違う。そういう意味じゃない。
「前描いただろ。カドミウムレッド。」
「お前、そのタイトルのつけ方ホントやめろよ。俺がどれだけ苦労してタイトルつけてるか分かってるのか?」
「あー、ありがとうな。」
「心がこもってない。……でカドミウムレッドだったか?いつの作品だよ。」
面倒になって、作品の写真を集めたアルバムを引っ張りだして当該作品を指さす。
幼馴染は確認するように視線を写真に向けた。
「で、この絵がどうした?」
「彼にも赤く見えるんだってさ。」
ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
あの時は興奮してしまって先走ってしまったがやはり彼の言っていた赤はこの作品だと確認を今日した。
「それに新作も、彼はサーモンピンクだって言うんだ。」
「新作?」
「うん、あげちゃったけど。
あと、彼を描いた絵は淡い赤だってさ。」
幼馴染に思いっきり頭をひっぱたかれた。
「それは……。」
幼馴染が言葉を詰まらせる。
「ねえ、この絵君には何色に見えるの?」
「少なくとも赤には見えないな。
っつーか、熱心なファンで感動してくれてるから気に入ったんじゃないのか!?」
怒鳴るように言われたが、意味が分からなかった。
「確かに彼の笑顔は気に入ったし、特に涙は綺麗だったよ。黄色くてキラキラ光ってて時々紫に変わって美しかった。
でも、それだけだよ。
俺はプロだよ。俺の絵を好きだって言ってくれる人も、俺の絵で感動してくれる人も彼以外に沢山いる。
でも、彼だけは違う、俺の描いた絵の具の成分を見ているんじゃなくて俺と同じ世界を見て俺と共感してくれてるんだ。」
最初に会ってから少しずつ積み重なった違和感は本物だったのだ。
しかも同じ世界を、気持ちをすべてを分かってくれる。
「しかも、俺の絵だけなんだってさ!」
叫ぶように言った後、彼と会っていた時と同じ気持ちになる。
「なあ、人とは違うものが見えるって幸せな事なのかな?」
俺の問いに、幼馴染はやや時間を置いてから
「幸せなんていうのはな、本人が決めるもんだろう。」
と答えた。
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