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――ああ、本がいっぱい。……私の本も、いずれこうやって棚に並べられる筈なのに……。  古書の独特な臭いを嗅ぎ、狭くて暗い本棚の間を歩いていると自然と気持ちが落ち着いてくる。  作文を書くのが好きで、人にしょっちゅう見せていたのも――元々は、本が好きだったからだ。新しくて若い作家の作品など読む気にならないけれど、此処には大昔の偉人から大御所の純文学まで多種多様な“まともな本”が並んでいることを知っている。最近の、チャラチャラして頭の悪い文章ばかり書く連中とはまるで違う。此処にある歴史ある本こそ、小百合が目指し尊敬する“本物”の書籍なのである。  純文学とライトノベル、文芸に差などないと言う人がいる。小百合はそうは思わない。  まともで、頭の良い人間だけが理解できる真実の書籍だけが、純文学と呼ばれて称えられるべきであるはずなのである。自分の小説が評価されないのは、その純文学である己の作品を理解できる知的な人間が減ってしまったからに違いない。やれファンタジーだのチートだの、どうしようもないライトノベルばかりが流行っているからと、そういうものばかりチヤホヤされる現状が小百合は残念で仕方なかった。 ――ファンタジーだって、頭の良い本物の作家が書いた作品なら、ちゃんと純文学と言えるレベルに落ち着いてるのにね……。  そんなことを思いながら突き当たりを曲がり、ファンタジー系列の本が並ぶゾーンへと足を踏み入れる。  この古書店に通い始めてから長いが、だからといってこの古書店に並ぶ本すべてを網羅できたはずもない。まだまだ此処にはお宝が眠っていると確信していた。小百合が一番好きなのは恋愛小説だが、“純文学”でさえあるのなら異世界モノでも全然構わなかった。今はとにかく、あんな女が書いたものよりもずっと面白い(彼女の作品は一行たりとも読んではいないけれど)まともな小説さえ読めるなら、何でもいいと思っていたのである。 「あら?」  思わず、声が漏れた。その本はなんとなく、小百合の眼には光り輝いているように見えたのである。  赤い――赤い背表紙の、本。ただ、文字らしきものは背表紙のどこにも書かれていない。 「よいしょ……!」  少しだけ背伸びをして、高い場所にあったその本を抜き出した。そしてその本が、背表紙どころか表紙にも裏表紙にも文字が書かれていない事実を知る。
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