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もやもやした気持ちを抱えたまま、小百合はいつもの古書店に入った。
いらっしゃい、と半分あくびをしながらいつもの年老いた店長が言う。受付から、こちらに視線を向ける様子もない。小百合にとってはそれがむしろ有難かった。――今の自分はきっと、人に顔向け出来ないような酷い顔をしているに決まっているのだから。
――どうして、あの子なの。どうして。ねえ、どうして?
事務の仕事をしながら、小説を書き始めて既に六年あまりが経過している。小説家を志して、一体いくつの公募に挑戦したことだろう。WEBのコンテストにだって応募を繰り返した。小百合ちゃんは作文が上手ね、将来は作家になるの?――先生や家族に何度もそう言われて、調子に乗ってしまったのが始まりだったかもしれない。
自分にはきっと、文章を書く才能がある。
そして自分の作品は、世間に出してさえ貰えれば他の誰よりも面白いものとして評価してもらえるに違いない。
先生や家族、友人に周囲に褒められ続けた経験は、小百合に大きな自信を生んでいた。応募さえすれば、きっとすぐにどこかの賞で拾って貰える筈である。二十代で作家になったら、珍しいというほどではないにせよ、きっとみんなにもっともっと褒めて貰えるし喜んで貰えるに違いない。
だが、現実はそう簡単なものではなかった。小百合は先日の誕生日で、ついに三十歳になってしまった。そして小百合の応募した作品は――今まで、どの公募にもコンテストにも、名前が載ることがなかったのである。
入賞はもちろん、佳作にも、それに準ずる優秀作品にも。
三十作品に選評が貰えるWEBの短編コンテスト、百作品に選評が送られてくる長編の公募。送った端から小百合の作品は落とされて、日の目を見ることはなかった。選評もレビューも殆ど貰えないので、結果として何が彼らにとって駄目だったのかもわからない。
――私の作品は、面白い筈なのに。何でみんな、私なんかより他の人の作品を褒めるの?
自分が応募したコンテストの大賞受賞作品なんて、絶対読む気にはならなかった。他の人の作品が運営にベタ褒めされているのが我慢ならなかったのである。
何より、読むまでもなく自分の方が面白い筈だと信じていた。評価されないのは、編集部側の目が曇っているからに違いないのだと。
――悔しい……悔しい悔しい悔しい!私の作品は誰より面白いハズなのに、みんなそうやって褒めてくれたのに!面白くないはずがないのに!!
何よりも腹立たしいのは。SNSで知り合った友人。小百合が登録し、いつもコンテストに参加している投稿サイトに一年前に登録したばかりの彼女が――小百合を差し置いて、たった一年で長編コンテストの大賞を受賞したことである。
そのコンテストは、出版社と提携し、書籍化を約束するものだった。小百合が六年かけて指先すら掠らなかった夢に、彼女はたった一年で到達してしまったのである。
その発表があったのは、ついに昨日のこと。
どうして彼女が。何故自分じゃなくて、あんな新人が!
嫉妬と憎しみで心臓が爆発しそうだった。小百合はイライラを持て余し、会社を欠勤して今日この場所に来たのである。
どうしても許せないことがあった時。ムカムカしてしょうがない時。いつも小百合は、この“ラクナン古書店”にやって来るのである。年配の男性店主が一人で経営し、崩れ落ちそうなほど大量の古書で囲まれた――この場所へと。
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