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21世紀末。 夏の夜に俺──須賀隆志は生まれた。 ごく普通の、親がいて、子供がいて、少し離れた場所に祖父母が住んでいる、本当に平凡な核家族だった。 収入は多くもなく少なくもなく、平均を絵に描いたような暮らしぶり……いや、両親共働きで平均だったという事は、それぞれの所得は些か低かったのだろう。2人合わせてやっと平均的な生活を営めていたと言った方が適切かも知れない。 夜遅くまで働く2人が家にいる事は少なく、俺はある程度の年齢になるとよく留守番をしていた。オンラインで俺の様子を確認出来る格安サービスのお陰で、彼らは安心して仕事をする事が出来た。恐らく家族3人が揃っている事は稀だったのではないだろうか。 そして、その両親は俺が7歳の時に事故で亡くなった。 6台の車両を巻き込む大事故だったと、後から聞いた。原因は2人が乗っていた無人タクシーのシステム異常らしい。重傷者4人、軽傷者9人、死者2人。数字は頭に残っている。 俺の誕生日の夜だった。 俺はすぐに父方の祖父母に引き取られ、幼い子供の記憶は新しい日常に容赦なく上書きされていった。中学生になる頃には既に声も忘れ、写真の中の2人だけが俺にとっての両親だった。だが、ひとつだけ、まだはっきり覚えている事がある。 小学校に上がる時、父親が俺専用のウェアラブル端末を買ってくれたのだ。自由に出来る蓄えが少ない中で随分奮発した贈り物だった。 子供用のもので用途は限られていたが、外形は大人が使っているものとさして変わりはない。父が使っている端末と同じメーカーのもので、とにかく嬉しかったのを覚えている。家族全員の連絡先を登録して貰い、用もないのに通話をして遊んでいた。 もっとも、その端末は両親が死ぬと同時に解約された。祖父が最新のものに買い換えたのだ。父が俺にくれたのはひとつ古い型のものだった。祖父曰く、父が使っていたものは3つも前の型だったそうだ。 父が身に着けていた古い端末がどんなものだったか、俺はもう思い出せない。
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