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◇◇◇
「須賀君、何にするの?」
オーダー用のタッチパネルを覗き込みながら問われ、俺はまたしても困惑した。
「名前、何で知ってる。名乗った覚えねぇぞ」
えっ、と相手は目を見開き、
「だって有名人じゃない」
「はあ? 有名人?」
突拍子のない単語に思わず素っ頓狂な声を上げれば、彼女は「まさか自覚ないの?」と長い睫毛をしばたかせた。
「今だって私、もの凄い注目浴びてるのに。何でかわかる? 須賀君といるからよ」
今夜辺り女性陣に闇討ちされるかも。肩を竦めて言う。
彼女の言葉の端々や仕草にはどことなく欧米的なものがあった。留学でもしていたのかと尋ねると、流暢なカリフォルニア訛りの英語で「一応帰国子女だから」と。
「そういえば、私も名前言ってなかったよね。有名人でも何でもないから知らないでしょ」
「その有名人っていうのやめろよ」
「ごめんごめん……でもホントの事だし。で、私は堀田朱莉。よろしくね」
人を引き摺って来ておいて何がよろしくだ。こちらとしては、よろしくするつもりはない。
露骨に顔をしかめてみせればホッタアカリと名乗った女はおかしそうに笑った。
「ねぇ、とりあえず早く決めちゃいなよ。私と同じ牛丼にすれば?」
操作しかけたまま放置していたタッチパネルを指差され、あっと気付く。すっかり忘れていた。
何でもいいか。牛丼の隣にあった天丼をタップし、ついでに烏龍茶も注文しておく。それをまた堀田が覗き込んでくる。
「あれ、牛丼にしないの」
「同じもの食いたくない」
「何でよ? 失礼ね」
「何となく」
「何それ、変なの。……じゃあ、杏仁豆腐頼んであげる」
「はっ? あっ、おい!」
細い指先が素早くタッチパネルに触れ、会計画面になる。可愛くもない食堂のオリジナルキャラクターが横切った後、天丼1、烏龍茶1、杏仁豆腐1の代金の請求が表示された。
「お前、勝手に……」
食べる気のないものを追加された俺は非難の目を向けたが、当の本人はけろりとして言う。
「私も杏仁豆腐頼んだから」
それからくるりと踵を返し、トレイを手に軽い足取りで受け取り口へ向かった。俺はやはり、それに追従する他ない。
──何というか、妙な女だ。
俺が堀田朱莉という人間に抱いた感想は、それだった。
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