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◇◇◇ 酒場の外に繋いで待たせていた馬に乗り、リューシは草原を駆けた。そうでもしなければ、どうにかなってしまいそうだった。 「なぁ、青馬(アオバ)……お前ならどうした」 手綱を引きながら愛馬に尋ねる。ブルルッと低く鳴き、青馬が前肢を上げた。草をにじりながらその場に停止する。その首筋を撫でて宥めると、フンフン鼻を鳴らし、急停止を詫びるかのように主を振り返った。 「……そうだな。お前に訊いても仕方ないな」 そろそろ戻るか。そう声を掛けようとしたその時、リューシの耳が微かな音を拾った。 ──上から? 何もないはずの澄んだ空を見上げる。 荒れ果てているこの辺りに鳥は生息していない。ましてや、この世界に飛行機やヘリコプターといったものはない。では、何だ? 徐々に拾える音が増える。その音は段々こちらに近付いているらしい。 「落ちて来ている……?」 首を捻ったその瞬間、はっきりとその音──否、声が聞こえた。 「キャアアアアアアアアア!!!!」 ──女!? 甲高い悲鳴と共に落下しているのは1人の女。 音の聞こえ方からして、どういう状況か理解に苦しむが、確実に1000m以上から落下している。あの女の体重が50kgだとして、1000mの高さから墜落した時の落下速度は時速504km、衝撃力はおよそ980KN。それに対し、人体が耐えられるのはせいぜい12KN。受け止めるのは不可能だ。いくらファンタジックな世界といえど、お互いに間違いなく死ぬ。諦めてもらうしかないだろう。 が、瞬時に計算して、ふと気付いた。 ──おかしい。 もし1000m上空から落下しているとすれば、落下時間は15秒もないはず。にも関わらず、女は未だ落下し続けている。不自然に落下速度が遅いのだ。それはまるで、ワイヤーで降ろされている人形。 「受け止められる……か?」 青馬の胴を脚でしっかり挟み、両腕を受ける形に広げてみる。 「キャアアアアアアア……!」 女が落ちる、落ちる、落ちる── 「キャアアア……って、あれ……?」 そして、あり得ない柔らかさで腕の中に収まった。 「え、え!? あ、あたし、どうなってるの!?」 受け止めたリューシに気付かない程のパニックに陥っている女を、信じられない気持ちで眺める。空から落ちて来たからではない。空から落ちて来た以上の衝撃的事実が目の前にあるのだ。 女の髪は、黒だった。
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