その庭の奥には木乃伊が二匹(前)

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 かの二人組が何者であるのか、それはあっさりと知れた。というのも私の大叔父があの男女の主人であるらしいのだ。  世間とはかくも狭いものか。そして、興味を惹かれない事に関しては身内に関してこうも無知でいられたものか・・・と私はそのことを知った時、痛むこめかみを押さえもし、同時に、己の血筋に感謝もした。  あの、美しい二人に会える・・・という喜びが私の中にはあったのだ。  大叔父、といっても向こうは立派な本流である。本流も本流の大元だ。  正確には曾祖伯叔父にあたるその人と、私は幼い頃に会った事があるのだと・・・かの御仁の姪である祖母から教えてもらった。  しかし残念ながら、私自身にその頃の記憶は無く、向こうも私の事など忘れているだろう・・・と思いながら駄目元で出した手紙は、存外すぐに返事が来た。  それは、私を大叔父の屋敷へ招待してくださる手紙であった。  私の系譜について、ここで触れておく。  今の新人類が大地を支配してより数百年。首都をルルイエと定め、たった一つの国家の元、様々な人種が溢れるこの時代。交配は進み、日々新たな人種は増えている。  そんな中でも、始まりの日より変わらぬ血統を保つ者達は最高の位でもってこの世界に君臨している。一番格式高いのが王家であるのは言うまでも無い事だが・・・。その周りに在る事を許された、伯爵、侯爵家の者達も古の血を脈々と受け継いできたのだ。  ―――そうしてこの大地にたった十人。  王家の中にもいる数人を含んだ、十人だけ、この世界が確立されてより全く姿形を変える事が無く、そう、老いる事も死する事も無く数百年この大地に留まり続ける存在が居る。  ―――“生ける始祖達(ライヴィングファウンダーズ)”  全ての礎を築いた現人神とも呼べる者達。  私自身はすでにこの世界にありふれた・・・混ざり物の新人類であるが、曾祖伯叔父がまさにこの、“生ける始祖達”の一人であるあり、その血に近しいというだけで、私は私の地位を確立させる事ができる。おかげで今日まで私が生活に困窮した事は無い。    “生ける始祖達”の姿は、教会のフレスコ画や教科書の挿絵などで誰でも見知る事ができる。  曾祖伯叔父――小難しいので以下は大叔父で統一させて頂く。――は、見上げるような体躯に無数の触手を絡め、これまた無数の目玉で周りを睥睨する立派な大男である。  正直、私ごときのどこにかの御仁の血が混じっているのかと問いたくなる程、大叔父の姿は雄々しい。  私の目玉は二つしか無く、触手の一本も生えていない。さりとて特にそこに劣等感を感じた事は無かったが―――  ――いざ招待に応じて大叔父と対峙した時、私のこれまでの価値観はあっさりと瓦解した。  門扉から本邸までの距離ですら、私の邸宅の敷地が丸々入って尚余るだろう程。  馬車に乗せられ連れてこられた屋敷は、おそらく世界においてこの屋敷より立派な建物など、王城を除いて他にはあるまいと確信できる優美かつ雄大さ。  そうして通されたホールは、そのままダンスパーティでも開けそうな広さ。  天鵞絨の絨毯が敷き詰められた大階段。その最上段に佇む存在こそが、絵画などで何度となく見た私の大叔父である事は確認するまでもなく。  私をここまで案内してくれた半植物の執事が、粛々と己が主に頭を下げる姿も目に入らずに・・・私は呆けてその巨体を見上げる事しかできなかった。  日々、様々な人種が生まれ、蔓延るこの時代である。この時の私にこんな言葉の知識は存在しなかったが―――あと数日後だったのならば、迷わず大叔父に対してこう叫んだだろう。  ―――化け物。  ・・・と。
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