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リンゴの木は許されなかったが、リンゴの果実ならいいだろう・・・と思った私の浅はかさは、これまたあっさりと『否』の言葉の元、大叔父に切り捨てられた。
代わりに少女への訪いの土産として選んだのは梨である。実に安直だ。
少々気は重かったが、少女は何も言わず梨を受け取ってくれたし、青年がそれに意見してくる事も無かった。
少女は手の中でくるくると、昨日の小花のように梨を遊ばせている。初めに会った時同様、無表情ではあったが、手の動きは何とも楽しそうである。
青年は、私が持ち込んだナイフで、別の梨を器用に向いていく。さりさり、さりさりと途切れる事のない皮が、とぐろを巻いていた。まるで大叔父の触手のようだ。
「貴方達は何故、あのネクタイピンを求められたのですか?」
私は庭に備え付けられた小さなウッドチェアに腰かけて、そう問いかける。――私の体に少々小さいこの椅子は、本来ならば少女のものなのだろう。
これまでまともな色恋の経験も無かった私に、この美しい者達にふさわしい話題が思い浮かぶわけもなく、会話の内容は自然、互いの共通点であるオークションの話になる。
「失礼ながら、貴方達は大叔父の所有物です。このような素晴らしい庭を与えられている事を顧みても、望めばもっと価値あるものを競り落とせたでしょうに」
それこそ、あのオークションの目玉である旧人類の木乃伊だって手に入れる事ができたのではないか。しかし青年は口元に笑みを浮かべたまま、ゆるりと首を振った。
「我々はあのピンをこそ、求めていたのです」
私は青年の襟元を見た。ラフなシャツにはネクタイが締められておらず、もちろんピンもみたらない。
では、飾るためにあのピンを求めたのか。そう問えば青年は首を揺らした。頷いたのか、首を振ったのか、どちらとも取れる動かし方だった。
「あれは、我々にとって大切なものなのです」
「あのネクタイピンがですか?」
「あれは、我々にとって大切な者の・・・持ち物でした」
――――ふふふ、ふふ。
また少女が口元を綻ばせたらしい。しかし私が目を向けた時には無表情に戻っていて・・・。惜しい事をしたな、と思う。
「旧人類の遺物ではないのですか?」
数百年前に、この大地を支配していた者達。現在その姿を知る術は、欠片ばかりの体の一部や、たまに出土するアーティファクトのみ。生活そのものは新人類と共通点が多く、遺物の中にはネクタイピンしかり、その用途が解るものが多い。しかして旧人類の姿形となるとあれやこれやと論争が絶えないのだ。――毛は生えていたのか、腕は何本あったのか、皮膚の色は?
だからこそ、先日のオークションで出品された木乃伊などは、歴史的に見ても大発見なのだが・・・所詮、学者よりも有力者の都合の方が優先される現代である。あの木乃伊は落札した者の屋敷で華々しく飾られるだけに留まるだろう。
「そうですね・・・あれもまた、我々にとってのリンゴなのです」
私は、あのピンに装飾された真っ赤な柘榴石を思い出した。
「きっと・・・・リンゴであったのです
我々はずっと、待っていた」
「・・・?」
「失礼――余計な事を言いました」
―――ふふふ、ふふ。
私は再度少女の方を見た。少女はその顔を青年の胸元に押し付けている。押し付けたまま、笑っている。私からはその顔が見えなかった。
――――ふふ、ふふふ。
青年が、一端ナイフを脇に置き、少女の髪を梳いた。何度も、何度も。なだめるように。
―――ふふ、ふふ・・・。
「――――」
微笑みに紛れて、少女が何かを呟いた。イントネーションから、誰かの名前であったように思う。
青年の名前かとも思ったが、青年は返事をする事も無く、ただただ微笑みを口元に浮かべたまま、少女の髪を梳いていた。
私はあの二人の名前を知らない。今でも知らないままだ。
呼び名はあった。大叔父が付けたもので、屋敷の者達もその名を使っていた。しかし実際にあの二人がその名前に反応した事は、私の知る限り一度も無かった。
本当の名前は、大叔父も知らないという。私自身が二人に聞いた事もあるが、結局教えてくれなかった。
返されたのは、青年の淡い微笑みと、少女の無表情。それだけだ。
結局私も、あの二人から見れば“彼方側”の存在だったのだろう。
私達とあの二人との間を隔てる、深い深い渓谷が・・・あの頃の愚かな私には、全く見えていなかったのだ。
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