その庭の奥には木乃伊が二匹(後)

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その庭の奥には木乃伊が二匹(後)

 私が二人の住まいを訪れたのは、出会ってから数日が経った頃だった。その間私はほぼ毎日この庭を訪れており、また訪れていない時は、二人への手土産を買いに街に出ていた。  彼等はいつだってバーゴラの下、ロッキングチェアに腰かけて私を出迎えてくれた。  本当のところ、二人に出迎えてくれる意図は無かっただろう。ただ、そこが彼らの日中の定位置であったのだ。そこに私が訪れただけで、恐らく大叔父が来たとしても、あの二人はチェアに腰かけて、二人寄り添いながらそこに在ったに違いない。    庭の端っこ、樹木に埋もれるようにあった、その小さな小さな東屋が、彼等の寝床であるようだ。  正直な所、私の自室程しかないその建物は二人で住まうにしてはどだい足りないように感じるのだが、青年曰く、雨露をしのげればいいのだと・・・。  私はこの可愛らしい家を見た時、ドールハウスを思い浮かべた。同時に、彼等を人形と呼ぶ大叔父の事も。  青年はさっさと扉を開いて中に入ってしまう。私は慌ててその後を追った。  その間も、少女は青年の腕の中にいて、そういえば彼が少女を抱えて歩く様を見るのは、オークション以来であると気づいた。  彼がこうして東屋に私を案内してくれたのは、オークションで彼らが競り落としたネクタイピンを見せて欲しいと私が頼んだからだ。  情けない事に、私は相変わらず二人の気を引けるまともな話題を見つけられず、ついつい話題はあの日のオークションに飛ぶ。おかげで二人には、私が未だあのピンに対する執着を捨てられないのだと、そう誤解をさせてしまったらしい。そこに便乗した。  私は二人と出会ってから、一度もあのネクタイピンを見ていない。しかし大切な物であるらしい。で、あるのならば、かのピンがどこにあるのかと考えれば、それは当然彼等の私的な生活圏だろう。  ――二人の誤解を否定するのは簡単だが、二人の生活圏を覗けるかもしれない、というのは魅力的過ぎた。  そして彼等が、飼い主の客人を無碍に出来ない事も想定の内だった。  東屋に入って早々、靴を脱ぐようにと言われたのには驚いた。  「この部屋の中では、この子も自らの足で歩きます」  少女は常に素足だ。彼女が歩く部屋の中で、靴の裏の砂や小石を落とすな、という事だろう。私は少女が自らの足で立つ様が見られるのかと期待もしたが、青年は少女の体を抱きあげたまま降ろそうとはしなかった。  少女を抱えたまま、青年は器用に靴を脱いでいく。その下から現れた足に、私は素直に驚愕した。  私の驚きに気づいたのだろう、青年は「ああ」と片手で裾をまくる。するすると膝まで上がった裾の下。今まで隠れていた足は、きらきらと輝く水晶でできていた。丁度膝を境に、生物的な脚と無機質な脚とが解れている。  「貴方達の種族には、足が水晶の者もいるのですか?」  「まさか」  青年はいつも通りのほんのりとした笑み。  「義足です。―――主より賜りました」  「それは、栄誉な事ですね」  杖を使う様子も無く、青年の歩く姿には違和感も無かった。流石はかの大叔父といったところか。これがいかな技術に依るものか、私には想像もつかない。  「生憎と、走る事はできないのですが」  彼はそのまま部屋の中へと入って行く。フローリングの上を水晶が叩く硬質な足音が響いた。両足共に、水晶のそれ。私は喉を鳴らした。  少女の脚が白く、細枝のようなむしゃぶりつきたくなるそれであるのに対し、青年の脚はすべらかで、触れて頬擦りしたくなるような美しさなのだ。  あの二つの脚を並べて鑑賞できたら、それはどれほどの多幸感を私に与えるのだろうか。  結局私は、見せてもらったネクタイピンよりも、艶やかな水晶の脚、白枝のようなまろい脚の幻影ばかりが、頭の中を占めていた。
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