その庭の奥には木乃伊が二匹(前)

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その庭の奥には木乃伊が二匹(前)

 私があの二人――と表現するのが正しいかどうか、今となっては解らないが、あえてこう呼ばせていただく――と最初に出会ったのは、とあるオークション会場だった。  首都ルルイエで最も格式ある、そのオークション会場は・・・会員費だけで中流層の年給が吹っ飛ぶだろう。また、参加には当然のごとく相応の社会的身分、格式が求められる。  プレビュー(下見)の段階で見かけた顔ぶれは、誰もが知っているような豪商や俳優。中には人目を気にしてか、特徴的な触手や複眼を隠して素性を伏せる者もいて、あれは名のある王族や貴族の類であったのだろう。  かくいう私とて、名家に連なる血筋である・・・などと言うだけならばいえるが、所詮は傍流。  会員費を払ってしまえば、目当て一点に絞って目移りなど出来る余裕は欠片も無い。  このオークションでは、競り落としに負けても、提示した金額を登録した口座から引き落とされてしまう。  競り勝つ自信はあった。そも、私が求めていたのは旧人類の装飾品で、真っ赤な石のついたネクタイピンである。  私自身は別として、首の無い種族も多い現人類の大半にとっては無用の長物だ。展示して飾るにしても、物が小さく栄えない。それよりは旧人類の木乃伊を競り落とした方が箔は付くし、実際今回一番の目玉はそれである。  珍しく、六割もの部位を残した木乃伊がみつかったとかで、蒐集家たちは色めき立っている。  私とて、興味が無いわけではない。というよりは大いに興味がそそられるのだが、旧人類のパーツともなれば、腕一本競り落とすだけでも、私は明日から家無しになってしまうだろう。  そうなれば、いざ冬が訪れた時、私は何処で冬眠すればいいのか途方に暮れてしまう。  結論を言う。―――私は競り負けたのだ。  千年の年月を感じさせない、鈍く輝く銀のピン。装飾品は煌く柘榴石。アクリルケースの中で時の流れを忘れたそれは、木槌が振り下ろされる音と共に、私の目の前でひらりと別の者の元へと飛び去ってしまった。  これ以上の金額は無理だ・・・と私は無様に頭を垂れ、蹲るしか無い。一体何者が私のささやかな望みを絶ったのかと、私に競りかった者を睨みつければ、・・・そこには見た事も無い、なんとも柔そうな種族が居た。  目的の人物が座っていたのは、私の席よりはやや前方。  向こうは向こうで、目当てを競り落としてしまえばもうこの場に用は無いとばかりに、さっさと立ち上がって会場の出口へと向かう。おかげでその全身が観察できた。  座っている時は一人かとおもったが、その腕に抱えられてもう一人。大きいのと小さいのの二人組。他種族の見分け方はよく解らないが、服装から察するにスーツを着た大きい方が男で、ドレスを着た小さい方が女だろう。  父娘か、あるいは兄妹か。パートナーというには体格が違いすぎた。  大きな男が、その右腕一本で小さな女を大事に大事に胸に抱え込んで、女は男のシャツにしがみつき、その寄りそう様が親密さを感じさせた。    柔そうな種族、と先に述べたが・・・服から覗く部分は剥き出しの皮膚で、鱗も無ければ、毛は生えていても頭の一部分だけ。  二本の腕と足以外には、複腕も触手もついていない。  目が二つ、唇一つ、鼻一つ。特筆する特徴が無いが、同時に無い事そのものが特徴になっていた。私はそんな珍しかな種族を、ついまじまじと見つめてしまっていたのだ。  このオークション会場に入れるのだから、相応に名の知られた者か、その系譜である筈だ。  事実二人が着ているのはどちらもかなりの上等品だった。この日の為に特別にオーダーした私のスーツが途端みすぼらしく思えてしまえるぐらいに。  ダークグレーのスーツは男の肢体を色気で包み、ゴシック調の黒いドレスは女の愛らしさを怪しく彩る。  カーペットの上を男が歩くたび、女のドレスにあしらわれたフリルがひらり、ひらりと舞って・・・私はつい、その裾から伸びるまるで白枝のような女の脚に目が奪われてしまった。足を包むフォーマルシューズは艶やかな赤に輝いて、彼女の真っ白な脚との対比に色香を感じる。  ―――子供靴だ、と私は気づいて・・・女が“少女”であるらしいと知った。    男が丁度私の横をすり抜ける・・・その一瞬だけ目が合った。  男は笑っていた。ほんのりと、口元に履いた笑み。ガラスのような赤銅色の瞳がゆたりと細められて椅子に座ったままの私を見下ろしている。――なんと、美しい顔であるのか。  私は彼の腕の中に居る少女に見とれていた気恥ずかしさと後ろめたさ・・・そしてまた、男のガラスのような瞳とその淡い笑みに惹かれたが故の背徳感――それはある種の欲情であったのだろう――その、汚れた感情に胸を焦がされながら、会場を去っていく男女の背中を見送っていた。
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