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余白
『幸福は、幸福の中にあるのではなく、幸福を手に入れた瞬間にある。』
ロシアの偉大な小説家がこんな言葉を残している。
資本主義社会の現代では決して珍しいことではない。
必死で貯めたお金で買ったブランド物のバッグ、趣味が高じて手を伸ばした高級調味料、大人になったつもりで塗った、個性的な色の口紅。
どれもこれも、支払った対価に見合うような働きをしてくれたものはない。
物品に限ったことではない。
例えば、スポーツで自分の応援していたチームが優勝した時、思っていたよりあっけなく感じたりしたことはないだろうか。
あれ、こんなものか、と。
全く勝てないチームに辟易しながら酒を飲み、ヤジを飛ばしているときのほうが楽しかったのではなかろうか。
人間とは欲深い生き物だ。
人間は神に与えられた叡智により、自然界を支配してきた。
真正面から戦えば敵うはずもない獰猛な動物たちを、言葉を操り、火を操り、科学を操って打ち負かしてきた。
あるときは肉を食べ、ある時は衣服の素材に使い、またある時は火の輪をくぐらせてみたりもする。
今や私たちは、自然すらも支配しようとしている。
知恵はこの無力な霊長類を、食物連鎖の頂点にまで押し上げたのだ。
だが脳のしわが深くなるほどに、私たちが抱える苦悩もより深く潜ることになる。
神は知恵と同時にエゴと感情を人間に植え付けた。
それも、そこが見えないほど深い深い場所に。
それは凶暴な肉食獣や、未曽有の大災害よりも多くの人間の命を奪った。
いや、奪い続けている。
今も私は時々考える。思考さえしなければ私は幸せになれたのではないのだろうか。
幸せという概念すらない幸せな世界で、ひたすら幸せな暮らしを送れたのではないかと。
幸福とは、幸福を望まないものにしか訪れないのではないかと。
幸か不幸か、私はわざとらしく偶然に足を踏み外した。
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