出会い

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出会い

「聴いた?マルーンの新曲。やっぱ流石だよな。最初の三秒で神曲決定だわ。音の作り方が違うよな。」 「あれな、よかったわ。やっぱ俺は昔のほうが好きだけど。」 「それな、いまだにサンデーモーニングが至高。」 「わかるわー。最初に神曲出しちゃうと大変だよな。そのあとどうしてもしょぼくなるっていうかさ。」 「まあでも、どのアーチストもデビュー曲が最高説。」 「それはある。一番個性が出てるっていうか、メジャーの求めるものに汚されてないまっさらな個性、って感じ?」 「それを見つけ出して世の中に送り出してやるのが俺らの使命っしょ。」 不愉快なビージーエムをかき消すように、私は耳にイヤホンを突っ込む。 今日のオープニングソングはフレンチキーウィジュースのドロップス。 古臭いバックサウンドに、洋楽特有の心地よい男声が乗る。 チルウェイブというジャンルに当たる曲なのだが、今まで一度たりともこの曲を知っている人と出会えた試しがない。 私の音楽の趣味は、昔から少し変わっていた。 四歳の時からピアノを習い始めた影響で、小さい頃はクラシック音楽に熱中していた。 お気に入りは、メンデルスゾーンのピアノソナタ第二番。 中学校に入ると吹奏楽部に入部し、本格的に音楽を始めた。金管楽器の大半をやらされたのも、今はいい思い出だ。 高校では一転して管弦楽部の戸をたたいた。 チェロをメインに、必要とあれば鍵盤をはじいた。 こんな環境に身を置き続けていたせいか、好きな音楽はジャズとチルウェイブ。 どこぞのいけ好かないベンチャーマンの様な趣味になってしまった。 洋楽研究会に入ったのも、何とか共通の趣味を持つ人を探したいという最後の抵抗であった。 そんな私の願いは儚く散った。 集まるたびに繰り返されるメジャー音楽への悪口、駆け出しシンガーやバンドの古参ファン自慢。 彼らの目的は趣味の共有ではなく、一種ゲーム感覚で行われる原石発掘作業なのだろう。 勝手にその後の成長を見守り、「俺が見つけた」と、スカウトマンのごとく主張する。 形から入りたがるという癖もある。 たばこ離れしている現代の若者とは思えない、驚愕の喫煙率を誇っている。 ついでに言えば、銘柄の割合もアメリカンスピリットが圧倒的である。 滅多矢鱈に飲み会をし、その度に酒の量とアルコール度数で競い合うのもお決まりである。 チェイサーを飲まないこだわりは流石にやめてほしいものだ。 この環境にすぐに嫌気がさした私は幽霊と化し、一年時には年間で六回しか顔を出さなかった。 おそらく千葉県のテーマパークに行った回数のほうが多い。 二年になって早一か月、そろそろ新歓も終わった頃だろう退会の意向を伝えるために久々に訪れたらこのざまである。 律儀に直接言いに行かず、勝手にやめてしまおうかとも思ったが、昔から変な部分でまじめなのが私の性分なのだ。 早くことを済ませて帰りたいのだが、会長の姿が見えない。 いまだに続く不毛な議論に耐えかねた私は席を立ち、恥のほうに一人佇んでいる眼鏡をかけた男子に尋ねる。 「あの、会長っていつ来るかわかる?」 「え、あ……。ちょっとわかんないです。すいません。」 彼はそういうと目を伏せてしまった。 「いえいえ、こちらこそすいません。」 返報性の原理というものだろうか。 謝られるとなぜかこちらも謝り返してしまう。 本来なら感謝を告げるべきだった。 その後三十分ほど会長が来るのを待っていたが、彼は姿を見せなかった。 自分のやりたいことにしか堪え性のない私は我慢の限界に達し、部屋を後にすることを決めた。 変にまじめなのが私の性分といったが、諦めが良いのも私の性分なのだ。 扉を開けて帰ろうとすると、一人の先輩が私に声をかけてきた。 「あれ、文ちゃんもう帰っちゃうの。」 「はい、会長居らっしゃらないみたいなので。」 「あー、圭介ね、いつ来るかなー。まあ、それまでお話ししようよ。最近どう?いい曲見つけた?」 「いえ、最近は特に。話振ってもらって申し訳ないんですけど、この後用事あるのでもう帰ります。」 先輩は不満げな顔をしたが、それ以上引き留めようとはしてこなかった。 もちろん用事などないのだが、名も知らぬ先輩と無駄話している時間は惜しいし、何かぼろが出てしまうだろう。 彼が私の名前を憶えていたことも要因だ。 心拍数が上がるのを感じた。 無論ときめきではなく恐怖で、だ。 会室を後にして、一階へと階段を下る。 上るときに感じた重苦しい空気は今も私にのしかかり、それに背を押されるように速足でステップを降りた。
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