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第4話
伯爵様はお帰りになってからずっと、夕餉を召し上がりながらもそのあとも俺が今日一日なにをしたのか知りたがった。
今はそふぁに座らされて、その真横に伯爵様がお座りになり、話の続きをしている。
薪割りのほかに、お昼はみなさんと一緒に食べたことやおやつにきな粉をまぶしたお餅が出たことも聞かれた。
その間中、伯爵様は俺の手をとって握ったりさすったりしながら聞いていらっしゃる。
「あの、旦那様」
俺は思い切って呼びかけてみたら、伯爵様は綺麗な眉をそっとひそめた。
「伯爵様」と呼ばなかったのに、と思ったが、お名前でお呼びするように言われていたのを思い出した。
「申し訳ありません、なりあきさま」
「まだ慣れていませんからね。
たくさん呼んで、早く慣れてください」
「はぁ」
「それで、どうしたんです、キヨノさん」
「なりあきさまはわたしのことを赤さんだとお思いでしょうか」
「ん?」
伯爵様は目をぱちぱちとさせて、俺の目を覗き込んだ。
「キヨノさんはおいくつですか」
「数えで14です」
「そうですよね、昨日の役所への書類にそう書きましたよね。
ですから、もちろんキヨノさんのことを赤ん坊だと思ってはいませんよ。
どうしてそんなことを?」
「わたしは手を引かれなくても、大丈夫だと思います。
それに一緒に寝なくても」
伯爵様がぐいぐいと押すように俺を見るので、最後の言葉が小さくなっていく。
向こうで笑いをこらえた藤代さんの声がして、中川さんにたしなめられている。
「キヨノさん、あのですね、もしかして私が貴方と手を繋いだり、抱きしめたり、頬に口づけをしたり、一緒に寝たりしているのは、私が貴方を赤ん坊扱いしていると思っているんですか」
「はぁ」
伯爵様のすごい勢いに俺は押され、間抜けな声が出てしまった。
「違いますよ、キヨノさん!」
ぐいっと伯爵様が握る手に力が入った。
「貴方を愛しているという表れなんですよ」
「はぁ」
「キヨノさん」
「はい」
俺がよくわかっていないとお思いになったのか俺の手を握りしめ、俺の目を見た。
左目の小さなほくろがよく見えた。
伯爵様はとてもお美しい。
田村様のところに伯爵様が一度だけいらしたことがあるけど、そのときの女中たちの騒ぎようはすごかった。
あのときはお姿を見なかったのでわからなかったが、実際に本物を見ると騒ぎ立てるのはわかる気がする。
目はどこまでも黒いのに、どこか青みを帯びていて吸い込まれそうになる。
「昨日、お伝えしましたが、このご様子では覚えていらっしゃらないかもしれませんね。
だからもう一度言いますよ。
私は貴方を愛しています」
「はぁ」
伯爵様が真剣にお話されているのはわかるが、内容がさっぱり理解できない。
どういうことだろう。
「旦那様、一度にたくさんは難しいかもしれませんよ」
中川さんがそっと声をかけてくれ、伯爵様の手の力が少し緩んだ。
「キヨノさんは昨日、ここに連れてこられたばかりです。
生活もなにもかも変わってしまっているし、人生の経験もまだ短くていらっしゃる」
「ああ、そうか」
ようやく伯爵様が手を放してくださった。
「すみません、キヨノさん。
私が勝手でした」
「いえ」
「旦那様、そろそろお風呂はいかがですか。
せっかくキヨノさんが割った薪で焚いているんですよ」
「そうだな、ぬるくなる前に入ることにしよう」
中川さんの声かけに伯爵様はうなずき、藤代さんがお風呂の準備のために退室した。
「でもね、キヨノさん」
「は、はい」
え、まだなんかあるの。
「他は貴方の自由にしてくださってもいいですが、私のことは名前で呼ぶこと、キスとハグ、そして一緒に寝ることは慣れてくださいね」
え、さっき、俺のこと、赤ん坊じゃないっておっしゃったのに。
まだおわかりいただけなかったのだろうか。
きょときょとしてしまった。
「なにもわからない、というお顔ですね。
慣れたらわかりますからね」
「はぁ」
わかるのだろうか。
俺が理解していないことを察すると伯爵様は急にお疲れのように見えた。
やはりお仕事は大変なんだ。
「お風呂、どうぞ」
疲れたときは風呂はいい。
「ええ、そうしますね」
伯爵様はゆらりと立ち上がると、お部屋を出られた。
残ったのは中川さんと俺だけ。
「中川さん、お聞きしてもいいですか」
「はい、なんでございましょう」
「アイシテルトイウアラワレ、とはなんのおまじないですか」
中川さんがきょとんとしている。
が、すぐににっこり笑った。
「慣れればおわかりになることですよ」
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