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第62話 電話
「ああ、中川か。思っていたより遅かったね。いや、昨日のうちに電話がかかってくるかと思っていたよ。
ああ、こちらは快適に過ごしているよ。
キヨノさん?
不自由はかけていないと思うが。
そう大声を出すなよ、急な仕事だったんだ。スメラギ様直々の命だったから、どうにもならなくてね。
え、今から帰る?
キヨノさんと私の好意を無にするつもりかい?
ああ、うん。
いや、嬉しいと思って。
中川たちが私の妻を大切に思ってくれていることが。
あはははは。
わかったわかった。
キヨノさんに代わるよ」
なりあきさまが笑いながら、俺を見た。
「中川がキヨノさんのことが心配でたまらないようです。
元気な声を聞かせてやってください」
そう言って、じょうごのような受話器を俺に差し出した。
「あの…もしもし?」
『キヨノさんっ?』
雑音がひどいが中川さんの大声が聞こえてきた。
「はい、キヨノです」
『あなたまで旦那様とご一緒になって私たちをだまして』
「だまし……すみません」
『海のお宿に来られていないことを知って、驚きましたよ。
そんなことなら私が残りましたのに』
「でもせっかくの盆休みが」
『盆休みより、旦那様とキヨノさんのほうが大切です』
「でも」
俺は大きく息を吸った。
「だましたことになったのは謝ります。すみませんでした。
旦那様には不自由をおかけしていると思いますが、精一杯お務めいたしますので」
『キヨノさん』
「はい」
『きちんとお食事は召し上がっていますか』
「はい!
ご飯と味噌汁を炊いています。
朝は旦那様が作ってくださいます。
白洲様がお弁当を持ってきてくださったし、今夜は屋形船から花火を見るそうです」
『そうですか』
「中川さん?」
『怒っているわけではないのですよ。
キヨノさんがおつらくなければ、それでいいのです』
「俺?俺ですか?
楽しくやっています!
だから!だから、今から帰ってくるなんて言わないで!」
『旦那様と一緒で怖くありませんか?』
「はい、大丈夫です。
なりあきさまは俺のことをいつも考えてくださっています」
と言いながら、夜のことを思い出してしまい、かっと顔が熱くなる。
『戻ったとき、キヨノさんがやつれていらっしゃったら許しませんよ』
「やつれ…?! 午睡もしていますし、夜も早くに寝ています。全然やつれてなんかいません!」
「中川、そろそろキヨノさんを解放して差し上げてくれ」
なりあきさまが俺のそばで言う。
『キヨノさん』
「はい」
『私たちはお陰様でしっかりお休みをいただくことができました。
ありがとうございます』
「は、はい!」
『予定通りに戻りますが、よろしいですか』
「もちろんです。ゆっくりしてきてください。
俺もゆっくりさせていただいています」
『皆でお土産を買ってまいりますね』
「お土産?」
『このあたりは海の幸が豊富ですから。楽しみにしておいてください』
「はい!」
俺は受話器をなりあきさまにお渡しした。
なりあきさまは中川さんと少しお話し、そして電話を切った。
お互いに顔を見合わせ、にやりと笑った。
「中川、怒っていたでしょう?」
「はい、とっても」
「キヨノさんのお心遣いもわかっていますよ」
「はい」
「貴方のお里は私たちが壊してしましました」
………
「妖のせいとはいえ、すみませんでした」
そうか、俺はもう帰るところがないのだな。
「だから、なにかあったらここへ戻ってきてはくれませんか」
「はい」
なりあきさまが俺を抱きしめる。
むわっと汗のにおいがする。
「俺、もう行くところがないから」
「行くところはたくさんありますよ。
だから、ね、ここに戻ってきてください」
「はい」
「約束、ですよ」
「なりあきさまも」
「私?」
「なりあきさまも戻ってきてください」
「ええ!もちろん!必ず戻ります。キヨノさんの元に必ず戻りますよ」
「うん」
こんなに暑いのに……
俺たちはしばらく抱きしめ合っていた。
身体を離すとまたお互いに笑って、今夜の浴衣を見に和室に向かった。
おしまい
***
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ひとまずこれで / 「キヨノさん」の今後
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