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第66話 なりあき様(1)
静かな正月だった。
なりあき様がまた、お盆のときのようにみなさんを里に帰らせた。
あのときと違うのは、小林さんとシノさんが残っていることだ。
「まだ籍を入れていないから、帰ると面倒なことになるみたいですよ。お盆のときがそうだったって」と藤代さんが言っていた。
なにが面倒なのか尋ねてみたが、藤代さんにのらりくらりとかわされてしまい、よくわからないままだ。
大晦日に年越し蕎麦をいただき、なりあき様と除夜の鐘を聞きながらベッドで一緒に眠った。
起きるとなりあき様がまた新しい着物を仕立ててくださっていた。
もったいないと思い、そう言うと、「では、普段から私の贈り物を受け取ってくださいますか」と言われた。
普段からも十分すぎるほどいただいている、と言ってみたが「まだまだですよ」と言われ、そのままその着物を着つけてくださった。
「帯は私のですけどね」と懐かしそうに一撫でし、なりあき様は締めた。
「私がキヨノさんくらいのときに使っていたものですよ。今の私にはもう似合いませんから、この帯もしっかり締めてくださいね」とおっしゃる。
嬉しくなり、俺も腹に巻かれた帯を一撫でした。
三条院のお屋敷は和洋折衷で、会食ができる和室もある。
今朝はそこになりあき様に手を引かれて言った。
外側が黒で内側が朱のお膳に、川崎さんが作ったおせちが小皿に少しずつ盛られていた。
なりあき様が新年のご挨拶をなさり、小林さんとシノさんも入れた四人でそれを聞く。
そのあとはお屠蘇を少しいただき、シノさんが雑煮をよそってくれたら、
「あとは適当にやるから、二人は下がりなさい。正月からありがとう」となりあき様がおっしゃり、広い和室に二人きりになった。
「熱いうちにいただきましょう」と声をかけてもらったので、なりあき様と俺は雑煮を食べ、おせちをつまんだ。
かまぼこと栗きんとんがうまかった。
なりあき様は伊達巻がお好きだそうだ。
ゆっくり食事をいただき、なりあき様と俺は近くの神社に初詣に行った。
人が多く、活気があった。
順番が来て、鈴を鳴らし、柏手を打ち、神様に祈った。
なりあき様に「なにをお祈りしたんですか」と聞かれたが「秘密です」と答えた。
いつまでも三条院のお屋敷で、なりあき様とみなさんと一緒にいたいです。
とお願いしたのだが、こんなに大勢の人がいるところでは言いたくなかった。
おみくじを引くと、俺は小吉で、なりあき様は中吉だった。
二人でおみくじを結ぶと、屋敷に帰った。
昼からもゆっくりと過ごした。
なりあき様が「子どものときに遊んでいたのを見つけたのです。懐かしいから一緒にやってくれますか」と双六を出してきた。
俺はやったことがなかったので、うなずいた。
途中、シノさんが持ってきてくれたしょうが湯を飲みながら、勝負をした。
さいころの目がなかなかいいのが出ず、なりあき様が先にあがった。
ちょっとすねていたら、肩を抱かれてキスをされた。
恥ずかしかったが、機嫌が直ってしまった。ますます恥ずかしくなり、つんつんしてしまい、湯呑を厨房に戻しに部屋から出てしまった。
夕方、なりあき様が一緒に風呂に入ろうとおっしゃったが、俺は丁重にお断りした。
肩を落とされるなりあき様を見て気の毒になってしまったが、どうやってもだめだったので心の中で必死に謝った。
夕食も済み、なりあき様がいつもより早めに小林さんとシノさんを下がらせた。
そして、なりあき様はかねてから決めていたように俺の手を引き、いつもの和室に向かった。
中は火鉢が入っていてほんのり暖かかった。
「さ、キヨノさん、足が冷たくなってしまうから早く」と急がされ、俺は羽織っていた褞袍を脱いで布団に入った。
布団は湯たんぽで温められていた。
火鉢の火の世話をし、燭台の明かりを消すと、なりあき様もするりと俺の横に入ってきた。
すぐに抱き寄せられ、キスをされた。
「緊張しています?」
「はい」
「私もです」
「なりあき様も?」
「はい、もちろん」
「どうして」
「どう、って…
まだお早いのではないか。また恐ろしい目に遭わせてしまうのではないか。
と心配で」
「俺、正月が来たので十六になりました」
「そうですね。大きくおなりになりましたね」
子ども扱いされているようで、俺はちょっと面白くなかった。
「西洋の歳の数え方でいくと、キヨノさんは十四なのですよ」
「え。せっかく大人になったのに!」
「キヨノさんはキヨノさんのままでいてください」
「しかしいつまでも子どもではいられません」
「そうですね。
私に自信がないのかも。
本当によろしいんですか」
俺は黒須様につけられたひっかき傷の疼きを思い出す。
なりあき様が他の誰かを好きになるのも、見るのも、離れていくのも、いやだ。
ずっとずっとそばにいて、ぎゅっとぎゅっと繋がっていたい。
「はい」
そんな思いを込めて、お返事をした。
「そうですか」
ざわりと淡い紫の風が吹いた。
「もう一度、やり直させていただけますか、私たちの初夜を」
返事をする間もなく、なりあき様ががばりと覆い被さって、噛みつくように口づけてきた。
こんな乱暴なキスは最近では珍しかったので、俺は軽く目を回した。
そんな俺に構わず、なりあき様は舌を俺の口の中にねじ込み、上顎をなでるように動かす。
「うぅぅぅ………っ、………っ」
唇の隙間から声が漏れる。
それすらも逃さないようになりあき様が丸呑みするように唇を塞ぐ。
そうしながら手は髪の毛をぐちゃぐちゃにして、もう片方の手は耳や顎をさわる。やがてなりあき様の唇は耳や首に移り、遮るものがなくなったので俺の声はずっと漏れてしまう。
「ふっ、あ、んんっ、ぁ…………ぐぇっ」
不意になりあき様がすべての動きを止め、俺の上に倒れ込む。重い。
さらさらの髪が俺の胸をなで、荒い息がかかりくすぐったい。
それで、突然、え?
「………な、りあき、さ、ま?」
整わない息でお名前を呼ぶ。
「私は……なにをしているんでしょう」
「さぁ……」
「キヨノ、さん」
「はぁ」
「貴方を大切に思っています。大切に、したいんです。なのに、貴方のことになると冷静さを失ってしまって」
「はぁ」
「こんなに乱暴にするつもりはなかったんです。もっともっと優しく丁寧にしたいと思っていたのに」
「あの、やり直します?」
「貴方を怖がらせたくないんです。怖く、なかったですか?」
俺は胸の上にあるなりあき様の頭をぎゅっと抱きしめた。
「ちょっとは怖いし、不安ですが、嬉しい気持ちもあります」
「キヨノさん……愛しています。愛してる愛してる愛してる」
「なりあき様、好き」
なりあき様が俺の腕から出て、俺の顔を見た。
真っ暗なはずなのに、なりあき様も俺も互いの顔がはっきりと見えた。
「緊張してますか」
「ぅん」
真顔で聞かれると照れる。
「私も、です」
「………」
「キヨノさん」
なりあき様は俺の首に腕を回しぎゅっと抱きしめた。
俺も上から覆いかぶさってくるなりあき様の背中に腕をかけ、力を込めた。
「よろしく、お願いしま…す」
「はい」
なりあき様が小さく笑って返事をしてくれた。
嬉しくなっていたら、ちゅっと小さなキスが何回も降ってきた。
それからまた深いキスになり、今度は俺もなりあき様の舌を追いかけた。
不安もあるけど、喜びのほうが勝っていた。
なりあき様の目が青く光っているのがよく見えた。
目の下のほくろは笑っていた。
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