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第68話 なりあき様(3)
ぜいぜいと荒い息で布団の上に横たわる。
なにが起こったのかよくわからない、ぼんやりした頭のまま見ると、俺と同じようにぜいぜいと息をしているなりあき様の青い瞳がふたつ見えた。
眉をハの字にして、目の下のほくろは泣き出しそうな、情けない、切ないお顔をしていらっしゃる。
「ごめんなさい、キヨノさん。ごめん、ごめんなさい」
なんで。
「貴方をいたわるつもりが自分だけ気持ちよくなってしまって」
くふふふふ。
俺はそんな情けないなりあき様が愛おしくなってきてしまった。
「なりあき様、キス、して」
「キヨノさんっ!いくらでもします」
むちゅうぅっと音が出そうなキスをされ、あとは小さいのから大きいのから、長いのから短いのから、浅いのから深いのから、たくさんたくさんキスされた。
が、途中から違和感を感じた。
「うっ?!んんんっ、ぉあっ、あんっ」
「ん?キヨノさん?どうしました?」
キスの合間に聞かれるが答えることができない。
「すごく感じているの?ほら」
「ぁあんっ」
「ちょっとキスしただけなのに。気持ちいいですか?」
「わからな、いけどぞわぞわして、なにかくる」
「今度はキヨノさんが気持ちよくなってくださいね」
「あんっ、や、ぃやあん」
「ふふふ、すごい。今日はまだ全然出していないから、こんなに濡れて」
「あ、ちょっとっ。なりあき様、そこ、あんっ」
「もう一度、キヨノさんの中に入りたいな。内側のいいところ、こすってあげます。さっきも気持ちよかったでしょう?」
「よくわかんないっ。やああっやああっ、そんなにされたら、俺ぇっ」
あっ、と気がついたら、さっきみたいに膝を割られ、ぬぷぅっとなりあき様が入ってきた。そして浅いところで抜き差しする。
「やっやっやっ、へんっ。へんに、なるぅ」
すがるものがほしくて、なりあき様の首に抱きつく。
「ここ、気持ちいい?」
「………」
「ねぇ、キヨノさ、んっ、気持ちいい?」
「……ぅん、うんっ」
「私も気持ちいい」
「やああんっ」
またがくがくとトロッコのように揺すぶられたが、さっきと違うのはこみ上げてくる出したい欲望。
これが気持ちいいというだろうか。
これがいきたいということだろうか。
すっごく出したいと思うのに、あとちょっとのところになると、なりあき様は急にゆっくりになさったり、浅いところばかりこすったり、意地悪する。
どれくらい揺すぶられたのか。
朦朧とした俺の耳に念仏のようなものが聞こえてきた。
「……スク……イス……カア……」
閉じていた目を薄く開けると、赤い目が二つ。
「イシロ……ァガ……キヨノ」
ああ。これは暁の君様の歴代の主様のお名前だ……
今、暁の君様はやっと主様と結ばれたのだ。
自分の名前を呼ばれたが、この赤い目に映っているのは自分ではないことに少し寂しく思う。
白檀の香りに包まれ、激しく突き上げられる。
それに合わせて、俺の声も上がる。
暁の君様の喜びを感じる。
やがて君様は黒くて大きな狐の姿になり、腰を動かしながら、俺の左胸に噛みついた。
痛みに声にならない声を上げるが、狐は構わず肉を食いちぎり、そして心臓を引きずり出した。心臓から噴き出る血をものともせず、鼻先を心臓の奥へ奥へと突き進む。なにかを探しているようだ。
やがて、ころんと一粒の血を見つけた。
狐は嬉しそうにそれを口に含み目を閉じた。
ああ。暁の君の一番最初の主様の血だ。
おじいが俺に飲ませた、あの赤い液体だ。
「キヨノさんっ。キヨノさんっ」
「ふぇっ」
気がつくと俺はがくがくと青い目のなりあき様に揺さぶられていた。
「誰を見てるの?誰に抱かれているの?」
「あ……。ああぁ?んんっ、はげしっ、なりあき様っ、やああああっ」
「そう、貴方の成明ですよ。目を開けてしっかり見てくださ、いっ」
「ぅあああんっ、やああんっ、やあんっ。そこ、あん、やだやだやだあ」
「貴方がよそ見をしてるから。ね、気持ちいい?」
「うん。うん。気持ち、いいよぉ」
「ん、じゃあそろそろいきましょうね。気持ちよく吐き出しなさい」
「でもぁうう」
身体中がむずむずする。
びくんってなって、気持ちよくて、おかしくなりそうだ。
それも、大好きななりあき様が、俺の中に入っていて、溶けて一緒になってる。
俺、なりあき様と一緒になりたかったぁ。
今、ほんとに嬉しい。
身体も気持ちも高まって、弾けた。
なりあき様も俺の奥底でまた、弾けたのを感じた。
それからはもうなにがなんだかわからなかった。
うつ伏せになった俺の上から抑えつけるようになりあき様が身体を重ねていることもあった。
向かい合って抱き合って下から突き上げられているときもあった。
なりあき様がこんな熱を持っているだなんて、俺は初めて知った。
ものすごく大きなもので俺はくるまれた。
なりあき様が俺をぎゅっと抱きしめてる。
『好きですよ、キヨノさん。初めてお会いしてからずっと』
『本当のことを言うと、こんなこと、もう二度とできないと思ってました』
『貴方からも求めてくださるんですね。嬉しい』
『幸せになりましょうね』
『またキヨノさんが作ってくれたお稲荷さん、食べたいなあ』
『海の近くの温泉に今度こそ行きましょう』
『おいしい芋羊羹をお土産に買って帰りますね』
『貴方がここにいてくれてよかった。私はずっとひとりだった気がします』
たくさんのなりあき様の声が聞こえる。
なりあき様
なりあき様
俺もなりあき様のそばにいられて嬉しい。
最後に弾けたあと、俺はもうなにもわからなくなっていた。
***
目が覚めたのは、正月の二日。もう昼前だった。
暖炉で火がぼんぼんを燃やされ、暖かいなりあき様の寝室のベッドに俺は寝ていた。
シノさんに声をかけられ、傷めた喉にいいから、と花梨を漬け込んだ蜂蜜を湯で溶いたものを持ってきてくれた。
身体中がぎしぎしと痛くて、俺はすぐにベッドに横になった。
「なりあき様は?」
「御年始回りに行かれています。小林が運転をしていますから、ご安心ください。夕方前にはお戻りになると聞いておりますよ」
「はぁ」
「今日はゆっくりお休みください」
その言葉に、昨日、なりあき様と俺の間になにがあったのかお見通しなのだとわかった。
恥ずかしくて俺は布団に潜り込む。
「お腹は空いていらっしゃいま」
シノさんが言い終わらないうちに、大きな音が腹からした。
「すねぇ。お餅を柔らかめにしたお雑煮がいいですかね」
「……はい。すみません」
「どうして謝るのです?」
「いや、その……」
「私たちは心の底から嬉しいんですよ。キヨノさんが旦那様のお隣にいてくださることが」
「はぁ」
「いくら屋敷の者が懸命になっても、最後の最後はいつも旦那様はおひとりでいらっしゃいました。そこはもう、助けも手伝いもできないことでした。
けれど、キヨノさんがこの屋敷にいらしてくださってから、それが変わりました。
キヨノさんといらっしゃる旦那様はとても幸せそうで、私たちもそれが嬉しくてたまりません」
シノさん……
「このたびはおめでとうございます」
「……は、はい?」
「きっと川崎が戻ってきたらお赤飯を炊いてお祝いいたしますよ」
「赤飯?!」
「だって昨日」
「わああああああっ」
やめっ
やめっ
だめぇっ
シノさんは「ではお雑煮の準備をしてまいりますね」と寝室から出ていった。
驚いて目が覚めたつもりでいたが、うとうととしていた。
ぼんやりと昨日の湯船のことを思い出していた。
ぐったりした俺を後ろから抱えてなりあき様は洞窟のような湯船につかっていた。
遠くで波の音が聞こえる。
「気持ちいいですか」
「はい」
半分寝ながら俺は答える。
「よかった。ご気分は?どこか嫌なところはありませんか」
「はい」
「心も?大丈夫?」
「はい。とても気持ち、いい。なりあき様のそば、気持ち、いい、です」
俺は力を抜いて、なりあき様の胸にもたれかかった。
「そうですか。湯あたりしない程度につかっておきましょうね。今日は無理をさせたから」
「ん」
たぷたぷと心地のよい湯につかりさっぱりしたあとは、なりあき様が揃いのパジャマを着せてくださり、寝室に運ばれた。
「夢みたいだ」
「……ぅん?」
もう眠い。
「素敵な一年にしましょうね、キヨノさん」
うん、そうだ。
「はぃ」
「明日、私は出かけますがキヨノさんはゆっくりしてくださいね。
できるだけ早く帰ってきますし、夕食は一緒にいただきましょう」
はい。
返事をしたつもりだが、声は出ていなかったらしい。なりあき様は笑いながら俺を抱き寄せて甘く頬にキスをしたところまでは覚えている。
俺はほかほかで気持ちよくて嬉しくて、そして非常にくたびれた。
あとはもう覚えていない。
「お昼も召し上がらずにお休みになっているの?」
「はい。ひどくお疲れのようで」
「シノ、そんな目で私を見ないでくれ。
私もキヨノさんが気になって仕方がなかったから、予定よりも随分早く帰ってきただろう」
「そうでございますね」
コンコン
「キヨノさん?ただいま帰りました、成明です。入りますよ」
「キヨノさん?お熱でもありますか?どこかつらいところでも?」
「……ぐっすりお眠りのようだ。はぁぁぁぁ」
「寝かせてあげたいところですが、もう夕方になります。
これでは夜眠れなくなるし、なにか食べないと身体が持ちません。
おつらいでしょうが、起きてください。キヨノさん」
………ぅぅん?
「腹、減ったなぁ」
「ん?なにかおっしゃいましたか?お腹が空いた?」
「うどん」
うん、餅と葱と卵とお揚げさんが入ったうどん。
「わかりました、おうどんですね」
お出汁のいい匂いがして目を覚ますと、なりあき様が餅と葱と卵とお揚げさんの入ったうどんのどんぶりをお盆に乗せてベッドまで運んでくださっていた。
「小林とシノに教わって私が作ってみましたよ、おうどん。
伸びないうちに召し上がってください、キヨノさん」
え?
「ええええええっ、な、なりあき様っ?が?」
「そうですよ。西洋では洒落た朝食を愛し合った翌日にベッドまで運ぶこともあるそうですからね。真似をしてみました。熱々をどうぞ」
「お正月から、俺、なりあき様におうどん作らせたの、か?」
「貴方だって私のためにたくさんのことをしてくださっているでしょう?どちらがどうじゃなくて、お互いにそうしていくのがいいと思っているんですよ」
「はぁ」
呆然としながらしょげていると、いい匂いに負けて腹が盛大に鳴ってしまった。
なりあき様は笑い、俺にうどんを差し出した。
なりあき様のお出汁はちょっと甘めの西国風で、五臓六腑に染み渡った。
おしまい
***
今度こそ、本当に完結いたしました。
お読みくださりありがとうございました。
あとがきはブログに書いています。
ブログ ETOCORIA
本当の本当に完結 / 「キヨノさん」あとがき
https://etocoria.blogspot.com/2021/01/kiyonosan-atogaki.html
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